団子

「急ごう!お団子が売り切れちゃうよ!」
「別に俺はっ・・・!」
冬獅郎の台詞を聞きもせず、桃は走り出す。途中で言葉を飲んだ冬獅郎も、仕方なく後に続く。僅かに動悸が強くなったのは仕方がないことなのだと、己に言い聞かせながら。

桃の右手が、しっかりと冬獅郎の左手を握り締めているのだから、自分は走るしかない。

走っているのだから、心臓が強く鼓動するのは仕方のないことなのだ。息が上がるのは当たり前の事なのだ。
自分の左手を見ないようにして、冬獅郎は細く小さく息を吐く。別に気持ちを落ち着かせようとしている訳ではない。乱れる呼吸を整えようとしているだけだ。
「日番谷くん、ちゃんと走って!」
「・・・別に俺は団子が売り切れても構わねえ」
桃に窘められて、先ほど遮られた台詞を口にする冬獅郎。頬を膨らませて走る桃の呼吸は、欠片も乱れていない。
「もう、一人一本しか買えないから協力してくれるって言ったのに」
「一人で何本も食うと太るぞ」
「っ・・・に、二本だけなら大丈夫だもん!」
「その積み重ねが太る原因になるんだろ」
「うっ・・・」
言い返す言葉を見つけられない桃の足が止まった。団子を買うことを諦めたからではない。団子を売っている店の前に到着したからだ。そこには既に長蛇の列ができている。団子を手に帰る者の姿が見えないので、まだ売り始めてはいないらしい。
「ま、間に合ったかな」
「・・・さあな」
「この前はもっと長い列ができてて、結構前で売り切れになっちゃったの。今日は大丈夫だといいんだけど・・・」
先ほどの太る可能性に関して、桃は考えないことにしたようだ。冬獅郎は話題を蒸し返してやろうかとも思ったが、他の客(主に女性)にも睨まれる可能性を考慮して口を噤む。ただでさえ団子が買えるかの瀬戸際でピリピリしている客たちを、更に刺激する必要はあるまい。
「付き合わせちゃってごめんね」
「そう思うなら誘うな」
「うう、本当は他の人と行く予定だったんだけど、用事が入ったって言われちゃって」
申し訳なさそうな桃の台詞に、冬獅郎の片眉がぴくりと跳ね上がる。
「・・・誰だ」
「え?」
「・・・・・誰と行く予定だったんだ」
冬獅郎が重そうに口を開いて言う。低くなった声に、彼の機嫌が悪くなった理由をあれこれ考える桃だったが、もちろん正解に辿り着ける訳もなく。行列が長過ぎて嫌になってしまったのだろうかと結論付ける。
「あ、あのね、今度お詫びに日番谷くんのお仕事手伝うから」
「誰と行くつもりだったか聞いてんだよ・・・」
「え、吉良くんとだよ?」
「・・・・・」
「き、急にお願いしちゃって本当にごめんね。お仕事何でも手伝うから」
冬獅郎がますます機嫌を損ねたことに気付いた桃は、両手を合わせて謝る。いまだに不機嫌な理由は長い行列のせいだと思っているようだ。
「・・・何でもするんだな」
「う、うん」
「そうか・・・」
「・・・?」
重苦しい気配のまま黙り込んでしまった冬獅郎を見て、桃がこくりと喉を鳴らした。一体どれだけの仕事を任されてしまうのだろうか。
固い空気を纏ったまま、二人は無事団子を購入したのだった。

後日、桃が冬獅郎から命じられたのは一通の書簡を届けることだけだった。
その書簡を吉良に手渡すだけでいいと言われ、あの時冬獅郎が怒っているように見えたのは自分の気のせいだったのかと首を捻る。怒っていなかったのなら、今度も冬獅郎と団子を買いに行けないかと期待する桃だった。

その後暫く、吉良が異常に怯えていることを心配した仲間たちが何度か声をかけたが、吉良がその理由を口にすることはなかった。