深寝
桃が銀色の髪を見つけたのは、全くの偶然だった。普段歩いたことがない道を歩こうとして、どんどん人気のない道へと踏み込んだ結果、今に至る。
見晴らしのいい高台に、乾いた風が吹いていた。点々と散らばる岩の一つに上体を預けるようにして座っている冬獅郎の後姿が見える。
「日番谷くん」
声をかけて歩み寄るが、冬獅郎は振り向かない。動く気配のない彼に、まさか怪我をして動けないのではと考えた桃は歩を早めた。
すぐに彼女の心配は杞憂に終わる。すうすうと小さな寝息を立てている冬獅郎の顔を見て、桃は安堵の息を吐いた。
しかし珍しいこともあるものだ。人がここまで近付けば、普段の冬獅郎ならもっと早く気が付いて目を覚ましただろう。そんなに疲れるほど、仕事が忙しいのだろうか。それなら自室でゆっくり休めばいい気もする。今日は休日なのだから、どれだけ遅くまで寝ていても問題はない。それとも散歩をしに来て途中で寝てしまったのだろうか。
冬獅郎らしくないが、疲れているならそんなこともあるのだろうと桃は結論付けた。そして今度は、ここに留まってもいいものか暫し悩む。疲れているならば邪魔はしたくないが、折角見つけたのだから話をしたい。ここまで深く寝入っているなら、起きるまで隣りに座っていも平気だろうか。
迷った結果、桃は冬獅郎の隣りに腰を下ろした。できるだけ息を潜め、気配を消して大人しくする。
ここまで近くに居続けても、まだ冬獅郎は目を覚まさなかった。本当に珍しい。
今度、好物でも差し入れようかと考えていると、ふわりと肩に重みがかかった。
本当に、珍しい。
冬獅郎の髪が、顔を向けた桃の頬をくすぐる。肩口に寄せられた頭が、不安定に揺れた。桃は、冬獅郎の頭を支えるようにそっと身体を寄せた。彼の寝息が途切れていないことを確認して、小さく息を吐く。これなら、彼も少しは休めるだろうか。
冬獅郎は、この先どうするか思い切り悩んでいた。実は桃が彼を見つけた時点から既に悩み始めていた。
彼が悩んでいる間に、桃は傍まで来て、隣りに座って、今は大口を開けて寝ている。
始めに寝入った振りをしたのがいけなかった。桃が隣りに座った時に、遠慮してすぐに立ち去ってしまうかもと思ったのがいけなかった。引き止められないかと、頭を傾けたのがいけなかった。
今更後悔しても、桃は当分起きそうにない。あの時、始めにすぐ目を開けていればよかったのだ。
桃の寝息が、鼻先に微かに触れる。いくらむず痒くても、頭を動かすことはできなかった。遠慮なくもたれかかってくる桃の頭が落ちてしまう。しかし、いつまでもここで動かない訳には行かない。
どうすべきか考えようにも、桃の吐息が規則的に届く度に思考は乱される。
耐え切れなくなった冬獅郎が、桃の頭を強引に押し退けるまで、そう遠いことではなかった。