皆認

「日番谷くんはいいよねぇ」
甘味処へ二人で行った時のことである。空いた席を見つけて腰かけるなり、桃は卓に突っ伏しながらそう言った。
「何の話だ」
訳がわからず顔をしかめる冬獅郎。
桃が口を開きかけ、止まる。店員がこちらへ注文を聞きにきたからだ。
それぞれ手短にほしいものを告げると、店員は素早く次の卓へ移動した。

「だって、日番谷くんていつも誰かしらに褒められたり尊敬されたりしてるんだもん」

先ほど言いかけてやめたことを桃が言う。それがあまりに予想外で、冬獅郎は暫らく何も言えなかった。彼が硬直している間も、桃は卓の上で頭をごろごろと揺らしながら、いいないいなと騒いでいる。
「・・・どこがだよ」
「今日も昨日も一昨日も日番谷くんはすごいって言ってるの聞いたもん。みんな違う人だよ」
それは恐らく、彼が数日前に片付けた仕事の成果がとても評価されたことが原因だろう。冬獅郎も部下や知り合いから何度か賞賛の言葉はかけられたが、桃は噂話なども耳にしているようだ。
「くだらねえ」
「そんなことないよ。褒められたら嬉しいでしょ?」
その問いには全く同意できなかった。ここ数日のことを思い出し、彼の眉間に皺が増える。
冬獅郎が何か言う前に、店員があんみつとほうじ茶を運んできた。
唇を尖らせていた桃に笑みが浮かぶ。素早く匙を手に取り、いただきますと明るく言ってあんみつに匙を差し込んだ。
ほうじ茶をすすりながら、冬獅郎は桃の様子を横目で見やる。このまま先ほどの話題を忘れてくれればいいのだが。
「日番谷くんも食べる?」
「いらない」
「美味しいのに」
「好みの問題だ」
「じゃあ、褒められるのが嬉しくないのも好みの問題?」
ここで話題を戻してくるとは思わなかった。大人しくあんみつを食べていた方がよかったかもしれない。
「・・・褒められるだけじゃすまねえだろ」
「えっと・・・嫌なことも言われたの?」
桃の声が沈む。だから忘れてほしかったのだ。
「賞賛と嫉妬は同時に来るもんだ」
昔からそうだった。彼が周囲を驚かせるようなことをする度、褒める者もいれば貶す者もいた。あからさまに嫌味を言う者もいたし、陰口を言う者もいた。もちろん今回も。
暫く考え込んでいた冬獅郎が視線を上げると、桃がじっとこちらを見ていた。真剣な眼差しに、悪態をつくのも忘れる。

「やっぱり日番谷くんはいいよねぇ」

へらり、と桃が表情を崩して言った。
「皆、日番谷くんのことすごいって認めてるんだよ。褒める人も、悪く言う人も。皆からすごいって思われるのはいいことだよね」
「・・・そうか?」
本当にそうなのだろうか。すごいと思われても、嫉妬されたり妬まれたりするのは嬉しいと思えない。
しかし桃は笑顔で頷く。

「うん!皆が日番谷くんのこと気にしてくれてるってことだもん」

誰にも振り返ってもらえない、気にも止められない、それよりはずっといい。そう言って桃は笑った。
心から賛同はできなかったが、冬獅郎の心にあった重苦しいものが少し消える。
「気にしてくれる皆がいるんだもの。もう寂しくないよね」
我がことのように喜ぶ桃の言葉に、冬獅郎は顔をしかめた。
「寂しがった覚えはねえ」
「そうなの?」
「当たり前だ」
「そっか。よかった」
何がよかったのか聞きたい衝動を抑え、ほうじ茶を飲み干す。もうこれ以上、この話を続けたくなかった。

何故かわからないが、桃がいなくなってしまうような気がした。

「食い終わったなら出るぞ」
「あ、うん。待たせてごめんね」
桃が僅かに残った黒蜜を飲み干して席を立つ。
彼に生じた不安は、中々消えなかった。

歩きながら、今日のあんみつを褒める桃の話を聞き流す。普段からあまり相槌を打つ方ではないが、先ほどのことが気になる冬獅郎はいつも以上に無愛想だった。
「日番谷くん?」
突如、歩みを止めた冬獅郎に気付いて、桃も立ち止まる。
近寄って顔を覗き込むと、目を逸らした冬獅郎がぼそりと言った。

「・・・気にしてくれる皆とやらの中に、お前はいるのか?」

随分前の話題だったので、桃は何のことか思い出すのに暫し時間が必要だった。
数度瞬きをしてから、いつものように笑う。
「もちろん!」
冬獅郎が微かに絞り出した吐息に、桃は気付かない。
「私だっていつも日番谷くんのこと気にしてるよ」
気が緩んだところへの思いもよらぬ言葉に、冬獅郎は虚をつかれた顔をする。慌てて俯いても、赤くなった耳は隠せない。
「っ・・・し、仕事してる時はちゃんと仕事のこと考えろっ・・・」
「あ、そうだね。気を付けます」
へらりと笑う桃を置いて、冬獅郎は足早に歩き出すのだった。