隠涙

探している時は中々見つからないのに、そうではない時は何故か見つけてしまう。しかも、あまり見つけたくない時に限って。
そんな状況に陥った冬獅郎は、思い切り渋い顔をしていた。どれだけ濃いお茶を飲んだとしても、ここまでしかめられることはないだろう。
彼の視線の先には、茂みの奥にしゃがみ込む桃がいる。こちらに背を向けているので表情は見えないが、小さく肩を震わせていることはわかった。あれでも隠れているつもりなのだろう。
どう声をかけるべきか暫し悩む。見なかったことにしてこの場を立ち去ると言う選択肢はなかった。彼女が泣いている理由を推測したり、慰める言葉を探したりと思案するが、結局これだと言うものは見つからなかった。大きく溜め息を吐いて、覚悟を決める。

「痛っ!」

冬獅郎は足音も気配も消して桃に忍び寄ると、その後頭部を容赦なく叩いた。彼女のお団子頭がぐらりと揺れる。
「何泣いてんだよ」
「なっ、泣いてなんかいないよ!」
鼻声の桃が振り返らずに言う。泣き過ぎて腫れた目元を隠したいのだろう。いきなり叩かれたことへの文句を言う余裕はないようだ。
「仕事で失敗でもしたのか」
冬獅郎が当てずっぽうで言うと、桃の肩が大きく震えた。どうやら図星らしい。
「それでこっぴどく叱られたのか?あいつにしては珍しいな」
柔和な五番隊の隊長が怒る姿は見たことがない。だからこれほど落ち込んでいるのだろうか。
「っち、違うよ!誰も怒らなかったもんっ・・・だから、尚更申し訳なくて・・・」
桃が振り向きざまに立ち上がって叫んだ。予想通り、その目元は赤く腫れている。
「だからこんなところでじめじめと泣いてたのか」
「う・・・ちょ、ちょっとだけだよ。もう、大丈夫だから・・・声をかけてくれてありがとう」
無理に笑顔を作って桃が言う。冬獅郎の眉間の皺が更に増えた。
「何が大丈夫なんだよ。一人になったら、またそこでめそめそ泣く気だろ」
「っ・・・・・」
桃が目を見開いてまた肩を震わせる。長い付き合いで、彼女の考えることは大抵わかっていた。
「さっさと泣け」
「へ・・・?」
「泣きたいんだろ。さっさと気が済むまで泣け」
「え、えっと、一人で泣くから大丈夫だよ。だから」
「つべこべ言わずに今すぐ泣けって言ってんだろ!」
桃の言葉を遮り、冬獅郎が強い口調で言う。桃はぽかんとした顔で彼を見やった。その視線から逃げるように、冬獅郎が目をそらす。
「お前がよくても、俺がよくねえんだよ・・・」
擦れた声で呟き、後悔やら羞恥やら色々な感情と闘いつつ、冬獅郎は何とかその場から立ち去るのを堪えた。
「・・・・・ありがとう。心配してくれて」
桃の柔らかい笑みが、彼の視界の端に映る。思い切り怒鳴りつけたことは気にしていないようだ。こっそり安堵の息を吐く冬獅郎。
桃がもう一度ありがとうと言って笑った。

そして翌日、乱菊から「昨日、隊長が暗がりで雛森を襲って泣かそうとしてたらしいですね」と言われ、彼はまた後悔やら何やら色々な感情に襲われるのだった。