水着

「隊長!聞きたいことがあるんです!!」
切羽詰まった声と共に戸が勢いよく開いた。
「休憩時間はとっくに終わったぞ」
冬獅郎が書類に筆を走らせる手を止めずに言う。興奮気味に部屋へ入ってきた乱菊は、綺麗にその言葉をスルーした。
「雛森の水着なんですけど、隊長はワンピースとビキニどっち派ですか!?」
「・・・・・さっさと仕事をしろ」
少しだけ動きを止めた冬獅郎だったが、何とか平静を維持する。しかし乱菊はその返答を良しとしない。
「仕事よりも重要な話だって世の中にはあるんです!」
「あるとしてもそれは今の話じゃねえ」
「雛森の水着ですよ!?隊長の中でトップ5に入るくらい大切な話じゃないですか!」
「んな訳ねえだろ!つーかさっきからお前の異様な興奮っぷりは何なんだ!?」
書類から視線を上げて叫ぶ冬獅郎。彼の視界に入った乱菊は、珍しく焦ったような表情をしていた。
「雛森と水着の話をしたんです。そうしたらあの子、恥ずかしいから着たくないって・・・!」
「・・・じゃあ着なきゃいいだろ」
「だめですよ!着なきゃ絶対後悔します!」
「その確信はどっからくるんだ・・・?」
乱菊に必死の形相で詰め寄られ、冬獅郎は僅かに頭を後ろへ引く。一体彼女の水着歴に何があったのだろう。
「その話は長くなるのでおいおいするとして、今しなければならないのは雛森の水着をワンピースにするかビキニにするか決めることです」
「どっちも永遠にしなくていい」
「・・・何故女の子は絶対水着を着なければならないかと言うと」
「するなと言ってるだろーが!」
乱菊の長い話が始まりかけたのを、大声で中断する冬獅郎。
「じゃあ早く水着を決めましょう」
「・・・着るものくらい、本人が勝手に決めればいいだろ」
「だから雛森は着たくないって言ってるんですよ。選べって言っても無理じゃないですか」
「それでどうして俺なら選べると思うのかわからん」
「隊長なら、雛森の好みとかよくわかってるじゃないですか。雛森も隊長が選んだって言えば着る気になりますよ」
「・・・・・」
冬獅郎が苦虫を噛み潰したような顔をした。反論したいが、今の言葉に間違いはない。しかし桃の水着を選ぶなどと言うことはしたくない。理由はよくわからないが、したくないと思った。
「じゃあ隊長、ここから雛森に似合いそうなやつを選んで下さい」
乱菊は胸元から冊子を取り出すと、冬獅郎の目の前に開いて掲げた。そこには色とりどりの水着姿の女性がいる。
「・・・・・いい加減仕事に戻れ」
「隊長が雛森の水着を決めたら戻ります」
「・・・・・」
「ぱぱっと直感で選んでくれていいですよ。そうすればこれ以上仕事も止まりませんし」
冬獅郎の眉間の皺が増えた。確かに今すぐ水着を選びさえすればいいだけのことではないか。それだけのことが何故できないのか。
「・・・・・」
「適当に選んでも、雛森は怒らないですよ。あ、それくらい隊長ならわかってますね」
もちろんそれくらいわかっている。少し残念そうな顔をして、それからへらりと笑うのだ。ただ、できればそのような思いはさせたくない。
「雛森が好きそうなやつがなければ、隊長が好きなやつでいいですよ」
「・・・・・っ」
その言葉で、冬獅郎は自分が桃の水着選びに抵抗感を覚える理由がわかった。自分が選んだ水着を桃が着る。それではまるで、自分が着てくれと言っているかのようではないか。
「・・・・・松本」
「はい。決まりました?」
「俺には無理だ」
「は?」
「俺には決められない」
「ど、どうしたんですか?隊長が雛森のことでそんなあっさり諦めちゃうなんて」
「何を言われようと、これだけは無理だ。他の奴に頼んでくれ」
「え、でも、いいんですか?阿散井とか吉良とかに頼んじゃいますよ?」
「・・・・・」
冬獅郎が再度黙り込む。乱菊は隊長がいいならそうしますけど、と続けた。
乱菊が他の男に頼んだら、桃はそいつが選んだ水着を着るのだろうか。きっと着るだろう。折角選んでもらったのだから、その思いを無駄にしてはいけないと考えるだろう。そして選んでもらったことを喜び、同時に時間を取らせて申し訳ないと思うのだろう。
自分ならそこまでわかる。だから桃の好みそうな水着もわかる。自分が選べば、時間を取らせて申し訳ないと思う桃に、無駄な気遣いだと言ってやることもできる。
「・・・隊長?」
動かなくなってしまった冬獅郎に、乱菊は小さく声をかけた。すると随分時間をかけて、冬獅郎の人差し指が冊子の一点をさす。
「あ、これですか!いいですね!雛森にぴったりです!」
「・・・・・もう、仕事させてくれ」
「はい!ありがとうございます!」
冊子を閉じながら、急いで席に着く乱菊。机に突っ伏したくなるのを何とか堪え、冬獅郎は書類に目を通す。
この後、自分がどれだけ恥ずかしい思いをさせられるのか、必死で考えないようにしながら。