遅待
冬獅郎は足早に駆けていた。目指すは桃との待ち合わせ場所である。彼女に会えるのが楽しみで浮き足立っていた訳ではない。あまりにも待ち合わせ時刻に遅れ過ぎて、気が急いていたからである。
彼は真面目な性格なので、自らの失態による遅刻ではない。今朝は時間通りに起きたし、今日の仕事も順調に片付いていた。仕事終わりの時刻となり、席を立とうとした時に隊の一人が執務室へ飛び込んで来るまでは。
その部下は随分と焦った様子で上司たちへと要件を伝えた。それは緊急の仕事で、今日中に結果を出さねばならないものだった。
冬獅郎のこの後の用事を知っていた乱菊は、一人でもやれるから帰っていいと言ったが、彼はそれを却下した。その仕事は隊長でなければできない事項も多々あったため、乱菊だけではこなせない作業だと判断したからだ。乱菊に桃を待たせていいのかと尋ねられ、冬獅郎は答えず仕事に取りかかった。
そして二人がかりで何とか作業を終わらせ、今に至る。
桃はまだ待ち合わせ場所に立っているだろう。怒るかもしれないが、事情を話して頭を下げるしかない。きっと彼女なら許すはずだ。
そうやっていつまで彼女に甘えるつもりなのか。冬獅郎は舌打ちをして自らへの苛立ちを露にした。昔から桃の優しさに甘えて、我がままばかり言ってきた。流魂街を出てもまだ変われない。
待ち合わせの場所へ辿り着いた時、彼の視界にはしゃがみ込んで顔を伏せる桃の姿があった。怒るかもしれないとは思ったが、泣いていると言う予想はしていなかった。思わず足が止まり、逃げ出したい衝動に駆られる。しかしそれでは明日以降、彼女に合わせる顔がない。
冬獅郎は重くなる足を何とか前に出し、桃の元へと近付いた。彼の気配に気付いているのかいないのか、彼女はまだ顔を上げない。
「・・・・・待たせて悪かった」
「・・・・・」
桃は何も言わず、のろのろと頭を持ち上げた。その目に涙は見えない。そのことに冬獅郎は酷く安堵する。
虚ろな瞳のまま、桃はへらりとぎこちなく笑った。
「・・・シロちゃん・・・よかったぁ・・・」
普段のように「日番谷隊長と呼べ」とは、言えなかった。彼女があまりにも疲れたように見えて、そちらの方が心配になった。
「・・・何が、よかったんだ」
しかし、素直に気を配ってやることができない。そんな自分がまた嫌になる。
「無事だったから・・・」
「・・・・・」
「・・・あと、来てくれたから」
「・・・・・」
「ありがとう」
「・・・・・散々待たされて、礼を言う奴があるか」
「えへへ・・・ほっとしたら、言いたくなったの」
冬獅郎を待っている間、桃は何を思っていたのか。具体的なことは彼にはわからないが、きっと酷く心配をしたのだろう。きちんとした性格の彼が、時間になっても来ないなど余程のことがあったのかもしれないと。
「っ・・・そんなに気になるなら、うちの執務室に来ればよかっただろ」
謝る機会を、またしても棒に振る。己の言動を疎み顔をしかめる彼を、困ったように笑う桃はどう思って見ているのだろうか。
「あはは・・・そうだね。うずくまってないで、探しに行けばよかったね」
「・・・別に、無理に来なくても・・・すれ違いになるかもしれねえし」
「確かにそれも困るねぇ」
「・・・・・お前」
「・・・・・?なあに、日番谷くん」
呼び掛けておいて続きの言葉がない冬獅郎に、桃が首を傾げる。
暫く黙っていた彼は、しかめっ面のままぼそぼそと呟いた。
「・・・・・さっさと行くぞ」
言うなり彼女の手首を鷲掴みにして歩き出す。桃は不思議そうに、目をぱちりと数度瞬かせた。しかし、その表情はすぐ嬉しそうな笑みに変わる。
「うんっ」
「・・・・・」
彼女に謝ることを諦めた冬獅郎は、せめて桃をこれ以上心配させないようにしようと改めて思うのだった。