桃包
冬獅郎はそれなりに苛々としながら桃を探して歩いていた。
探し始める前に乱菊から得た情報を元に、まずは三番隊の執務室へ行ってみる。不機嫌な顔のまま問答無用で扉を開けると、こちらに顔を向けた吉良が大きく目を見開いていた。その手には先ほど乱菊が手にしていたものと同じ、桃色の包みがある。
「・・・雛森はどこだ」
「ひっ・・・!あああ、あの、これは雛森君がどうしても受け取ってくれと言うから仕方なくもらっただけで、決して大喜びなんてしていません!どうかお怒りをお鎮め下さい・・・!」
「どこの荒ぶる神だよ。そいつは関係ねえ。仕事で聞きたいことがあるから探してるだけだ」
「す、すみません・・・どこに行くのかは聞きませんでした。暫く前に出て行ったので、近くにはいないかもしれません」
「そうか。邪魔したな」
「い、いえ、お役に立てず、すみませんでした」
冬獅郎は三番隊の執務室から出ると、次は四番隊の執務室に向かう。当てずっぽうで別のところを探すより、順に見ていけばその内追い付くと考えたからだ。
しかし、その目論見は早くも崩れる。四番隊で話を聞くと、桃はここに来ていないと言うことだった。乱菊が言っていた、一番隊から順番に回ると言う話はどうなったのか。四番隊の執務室を出て、これからどうするか思案していると。
「あ、ひっつーだ。桃ちゃん探してるの?」
横手から声をかけられた。冬獅郎が視線を向けると、桃色の包みを手にしたやちるがいる。
「・・・何でそう思う」
「桃ちゃんからこれがほしくて追いかけてるのかと思って」
「ち・が・う」
こちらへ歩み寄り、例の包みを目の前に掲げてくるやちるに、力一杯否定する冬獅郎。
「そーなの?ならいっか」
「・・・何が『ならいいか』なんだよ」
「桃ちゃんが、ひっつーの分はないって言ってたから、これ目当てで追いかけてるなら無駄だよって教えてあげようと思ったの」
さすがやちる、容赦がない。先ほど乱菊からもそれとなく匂わされていたことを、ずばっと言い放ってくる。何故彼女が桃からそんな話を聞いたのかまでは、考えないことにした。しかし吉良にも言った通り、自分は仕事で桃を探しているだけだ。そんなことは欠片も気にしてはいない。いないと言ったらいないのだ。
「俺が雛森を探してるのは、仕事だからだ。そいつは一切関係ねえ」
「ふーん。桃ちゃんならあっちに行ったよ」
やちるが指差したのは、四番隊の執務室から更に離れた方向だった。
やちると別れ教えられた方へ歩いていくと、視界に赤く逆立つ頭が入ってきた。もちろん恋次の手には桃色の包みがある。
「阿散井」
「何すか?日番谷隊長」
「仕事で聞きたいことがあるから、雛森を探してる。どこにいるか知らないか?」
「あっちに行きましたよ。さっきまで話してたんで、すぐ見つかると思うっす」
「・・・・・」
「どうかしたんすか?」
「お前、いい奴だな」
「は?」
「助かった。ありがとう」
「は、はあ」
普通のやり取りができたことに、軽く感動すら覚える冬獅郎だった。
そしてやっと、彼はお団子頭の後ろ姿を見つける。しかし何故か声をかけるのを躊躇ってしまった。やちるの言葉が思い出される。桃色の包みは、関係ないと何度も言い聞かせたはずなのに。
「あ、日番谷君。どうしたの?」
そうこうしている内に、桃の方が彼に気付いて振り返った。その両手には、まだいくつもの包みが抱えられている。
「・・・・・」
「日番谷君?」
「・・・お前昨日、こっちに回す予定の書類が遅れるって話したろ。いつ回せるんだ」
「あ、その書類なら何とか間に合ったから、さっき乱菊さんに渡したよ」
そんな話は乱菊から聞いていない。言われてみると確かに執務室へ戻ってきた彼女は書類をいくつか持っていたような気もする。しかしあの時は他の遣いも頼んでいたし、何より例の包みに目が行って、そのことまで意識が向かなかった。すぐに報告しろと部下に文句を言いたくなったが、あの時は自分がほぼ入れ替わるように執務室を出てしまったので、それも無理な話かと思い止まる。しかし、苛々は収まらない。目の前には、きょとんとした桃の顔。そもそもこいつがこんなものを配っているから。
「っ痛!シロちゃん・・・!?」
冬獅郎が突如放ったデコピンの衝撃で、頭を軽く仰け反らせる桃。
「日番谷隊長、だ・・・っ」
吐き捨てるように言うと、彼女に背を向けて歩き出す。苛々は当分収まりそうになかった。
□■□
執務室に戻り、残っていた乱菊の仕事を半分以上引き受け、何とかその日の内に終わらせた。自室に戻るのが随分遅くなってしまったが、明日に持ち越さなくて済んだのはよかったのだろう。と自分を無理やり納得させる。
とにかく今日は疲れた。彼が大きく溜め息を吐いたその時。
「日番谷『隊長』、今いいですか」
扉越しに声をかけられ、思わず肩を震わせる。少し固めの口調は、夜も更けたから声量を抑えていると言う理由だけではなさそうだ。
「・・・おう」
戸を開けて訪問者を出迎えると、そこには幾分不満そうな顔をした桃がいた。
「・・・デコを叩いたこと、まだ根に持ってんのか」
「理由も言わずにいきなりだもの。当たり前だよ」
そう言って桃が唇を尖らせる。
どう言葉を返すか、時間は短かったが随分迷った。口を開いた後でも、まだ迷いは消えない。
「・・・気にするな。八つ当たりだ・・・・・悪かった」
最後の方は小声だったし、目も逸らしてしまっていた。だが、それでも。
「・・・うんっ」
いつもの柔らかい笑みで、頷く桃。そのことに酷くほっとした。
「・・・何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうなの。あのね、よかったらこれ、一緒に食べてほしいなって」
それまで後ろに回されていた両手を、そろそろと差し出す桃。そこには皿に山と盛られたクッキーがあった。
「皆に配ろうと思って作ったんだけど、お塩とお砂糖を間違えちゃって。皆には作り直したのを配ったんだけど、こっちは一人じゃ食べ切れないから・・・」
だから、自分の分はなかったのか。
もしかしたら、やちるはこの経緯も桃から聞かされていたのではないか、と頭の隅で思う。素直に包みの件を問うていたら、そのことも話してくれたかもしれない。
「えっと、全然甘くないよ。ちょっとしょっぱいくらい。あ、でも、無理に食べなくてもいいから」
何も言わない冬獅郎に、桃があれこれまくし立てる。こちらが嫌がっていると思ったのだろうか。
小さく息を吐いて、半身を引く。部屋に入れと言う合図だとわかったのか、桃が目を見開いた。
「・・・茶を煎れるから、中で待ってろ」
「っうん!」
弾けるような笑みを浮かべる桃。何故かそれ以上視線を向けることができず、冬獅郎は頭をかきながら身を翻した。このクッキーの量だと、結構な量の茶が必要そうだ。