泣声
どこかで幼子がぐずっているような声を耳にした恋次は、思わずその場で足を止めた。何故こんなところに、と軽く動揺しながら辺りを見回す。まあ、幼子のようななりをした副隊長もいるが、彼女が物陰ですすり泣く姿など想像できない。とりあえず泣き声から検討をつけた方向に、足音を控えて歩き出す。
「っう・・・ひぐ、うぇえ・・・っ」
それにしてもどこかで聞いたことのあるような声だ。ぐずる声が大きくなるにつれ、恋次はその思いを強くする。方向はこちらで合っているようだ。
「ひっく・・・うぅ・・・しろちゃ、んのっ、ばかぁ・・・っ」
小さな声を聞き留め、面倒な事に首を突っ込んだと彼は確信する。しかし、物陰にしゃがみ込んですすり泣く桃を見捨てようとは思わなかった。これでも同期で付き合いは長い。
「・・・・・何やってんだ」
「っうぇ!?あ、あば、らっ、くん・・・?」
「そんな奇天烈な名前になった覚えはねえ」
「ううっ、阿散井くんって言ったよ」
「とてもそうは聞こえなかったけどな」
「ぐす・・・きっと阿散井くんの耳が詰まってるんだよ」
「ちゃんと耳掃除しとるわ!」
身振りもありで突っ込むと、桃は真っ赤に腫らした目を細めて笑った。それに少し安堵する。
「ありがとう、声かけてくれて」
「お、おう」
「阿散井くんはいつも優しいね」
「そ、そうか・・・?」
「うん!日番谷くんとは大違い」
その言葉に恋次の顔がたまらず引きつる。話を聞いた方が桃のためにはよさそうだが、早く逃げ出した方がいいと、己の本能が告げていた。これまでのパターンでいくと、後で日番谷隊長が現れて極寒の殺気を身に受けるはめになるからだ。
「さっきもね、いきなり頭を叩かれたんだよ!酷いよね!?」
余程怒っているようで、桃の頬が大きく膨らんでいた。
「あー、確かにそうだな・・・で、日番谷隊長とは何の話をしてたんだ?」
「身長」
「そりゃ殴られても仕方ないな」
「ええっ!?どうして?『最近背が伸びたんじゃない?よかったね』って言っただけなのに。日番谷くんなら絶対喜ぶよ」
「んな訳あるか」
両手を上げて喜ぶ日番谷隊長の姿を、想像しようとしてあっさり諦める。
「そんな訳あるよ!前にも日番谷くんとそんな話をしたらね、後で『日番谷くんがすごい上機嫌だったんだけど何かあったのか』って乱菊さんが聞きにきたもん」
「そん時は頭を叩かれなかったのか?」
「うん。すぐにどっか行っちゃった」
「・・・そうか。運がよかったな」
恐らくその時は喜ぶ様子を見られまいと逃げる方を取ったのだろう。今回もやはり喜ぶ様子を見られまいと、桃の視線をそらそうとして頭を叩いたのではないか。恋次はそう推測する。
「叩かれなくて運がよかったってこと?前も嫌だったのかな」
「いや、つまり日番谷隊長の照れかっ・・・!?」
言葉を途切らせ、硬直する恋次。しまった、長居し過ぎたか。もっと早く逃げ出すべきだった。あの時の日番谷隊長のように。
「・・・あ、日番谷くん」
桃が恋次の背後を覗き込み、小さく名を呼ぶ。彼の表情を、恋次が伺い知ることはできない。視線を向ければ見えるのかもしれないが、突き刺すような殺気を受けてそれができるほど彼は精神が強くなかった。弱い自分を認めたくはなかったが、ここは逃げてもいいはずだ。
桃がとぼとぼと日番谷隊長の前に歩み出る。
「・・・ごめんね、日番谷くん」
「・・・・・」
「さっきはわからなかったんだけど、私、日番谷くんが嫌がること言ったんだよね?」
「っ・・・・・」
「私、日番谷くんが喜んでるんだと思ってたの。だから私も嬉しかったんだけど・・・勘違いだったんだね」
「・・・っ!」
「私、もう・・・」
「っす、すみません!自分ちょっと用事を思い出したんで失礼します!」
辛そうな桃の言葉をこれ以上聞いていられず、言い捨て猛ダッシュで駆け出す恋次。日番谷隊長の殺気と動揺する気配からも逃げ出したかった。
彼らは仲直りできるだろうか。日番谷隊長が少し素直になれば、それは簡単にできることだろう。しかしその素直になる、がとても難しい。自分も人のことは言えないのでよくわかる。
後でまた桃の様子を見に行くか、しかしそうするとまた日番谷隊長の殺気を受けることになりそうだ。面倒見のいい彼は、頭を抱えて苦悩するのだった。