背見
歩いていたら、遠くに彼の小さな後ろ姿を見つけた。
その瞬間、足が勝手に動いていた。
「わっ!」
冬獅郎の背中へ短く大きな声をかけると同時に、彼の両頬を挟むようにして手を押し付ける。この日は特に寒い日で、桃の手はかじかむような冷たさだった。冬獅郎の頬からは、ほんのり温かさが伝わってくる。
いつからここに立っていたのだろう。こんなに冷えるくらい前から、何をしていたのだろう。
次々と湧く疑問を飲み込んで、桃はにっこりと笑った
「びっくりした?変な顔だね、シロちゃん」
腕に力を込めて、ぐにぐにと彼の頬をこねくりまわす。冬獅郎が何やらくぐもった声を漏らすが、変形させられた口では何を言っているのかわからない。恐らく「日番谷隊長と呼べ」とでも言っているのだろう。桃は彼の頬から手を離し、笑いを堪えながら敬礼の姿勢を取った。
「お疲れ様ですっ。大変個性的なお顔でしたね、日番谷隊長」
「・・・馬鹿にしてんだろ」
「馬鹿になんてしてないよ。シロちゃんの顔が可笑しいだけで」
「それが馬鹿にしてるって言ってんだ。後シロちゃん言うな」
冬獅郎が言葉を返すことに少し安堵する。先ほど独りで佇んでいた時の背中は、あまり楽しそうではなかった。むしろ悲しんでいるように見えて、思わず桃は地を蹴っていた。少しでも早く、彼の元へ辿り着くために。
「それは日番谷くんの思い込みだよ。大丈夫、日番谷くんがどんなに変な顔でも、馬鹿になんてしないから」
「それの何が大丈夫なのか全くわからねえ」
「あはは、わからなくても大丈夫だよ」
「むしろお前の頭が大丈夫なのか?」
「何それ!?日番谷くんこそ馬鹿にしてるでしょ!」
手を振り上げて怒ると、冬獅郎が小さく笑う。
よかった。もう大丈夫だ。
桃も思わず頬を緩める。すると冬獅郎が、馬鹿にされて笑うなんて気持ち悪い奴だと言ってきた。彼が悲しくなくなったのは嬉しいが、悪口を言われるのは嬉しくない。桃は今度こそ、冬獅郎の頭にげんこつを振り下ろしたのだった。