決意
「俺は決めたぞ」
武器の手入れをしていたフォルデとカイルの元へやって来るなり、エフラムが言い放った。また何か面倒なことになりそうだと、二人の騎士は直感する。
「何を決めたのですか?」
律儀なカイルが尋ねる。仁王立ちのエフラムは、右拳をきつく握って口を開いた。
「髭を生やす」
「エイリーク様に何か言われたんですか?」
間髪入れずにかけられたフォルデの言葉に、エフラムのこめかみがぴくりと動いた。相変わらず気が抜けているようで鋭い。
「・・・いや、何か言われた訳じゃない」
「じゃあエイリーク様が髭面の男と楽しそうに話しているのを見てしまったとか」
「フォルデ!エフラム様を傷付けることを言うのは止せ!」
握った拳が小さく震えているのを見て、カイルがフォルデを窘める。
「ご安心下さいエフラム様。エイリーク様は誰にでも分け隔てなく接して下さるお方です。その髭面の男ともたまたますれ違っただけでしょう。決してその髭面の男がエイリーク様の好みだと言う訳ではないはずです」
「お前も俺と変わらない気がするけど」
フォルデがぽつりと相方へ突っ込みを入れた。信頼する部下たちから突き刺さる台詞を受けたエフラムは、拳を震わせたまま俯いている。
「・・・あ、ああ、そうだな。エイリークの好みがデュッセルだなんてあり得ない」
そんなことを思うエフラム様があり得ないです!と言う騎士たちの突っ込みは、寸でのところで止められた。二人とも大した忍耐力である。
とりあえずフォルデは話題を変えようと試みた。
「こ、こちらにいらしてたんですね」
「ああ。グラドの復興で忙しい中、近くに来たからと立ち寄ってくれたんだ。軽く手合せもしてきた・・・そうしたらエイリークが来て・・・あんなに楽しそうに・・・」
「あー、エフラム様そっちのけで二人が話し始めたから、拗ねて逃げ出したんですね」
「フォルデ!」
今度はぽろっと言ってしまい、カイルに再度叱られるフォルデ。フォルデはカイルほど、我慢強くなかった。カイルは沈み込むエフラムをフォローすべく声をかける。
「エフラム様、大丈夫ですよ。久しぶりにお会いしたから少し話が弾んだだけです。エフラム様はいつでもエイリーク様の周りをうろうろしていらっしゃいますから、エイリーク様にとってエフラム様は空気のように大切な存在なのです」
「・・・カイル・・・お前も面倒になったんだろ・・・」
言葉は丁寧だがだいぶ酷いことを言い出すカイルの心情に同感するフォルデだった。いつもは頼りがいのあるルネス王なのだと自分に言い聞かせて、肩をぷるぷると震わせ始めたエフラムを宥めるべくフォルデも声をかける。
「え、えーと、それで結局、エフラム様は髭を生やされるんですか?」
「・・・いや・・・もういい・・・どうせ俺は空気だからな・・・」
「あー、大丈夫だと思いますよ?エイリーク様は髭があってもなくても、エフラム様が一番大好きだって言ってましたから」
「そ、そうなのか!?」
勢いよく顔を上げるエフラム。その瞳には溢れそうなほどの期待がこめられている。
訝しげな顔をしたカイルが口を開くのを無理やり押さえて、フォルデは先を続けた。
「はい、ちょっと前に聞きました。エイリーク様はエフラム様が一番大好きだって」
「そうか・・・!」
「何ならエイリーク様に聞いてくるといいですよ」
「それもそうだな」
言うが早いか踵を返してあっと言う間にいなくなるエフラム。彼の姿が見えなくなったことを確認して、フォルデはカイルの口から手を離す。さりげなく酸欠になりかけていたカイルが、青ざめた表情で尋ねた。
「・・・エイリーク様が、そんなことをお前に話していたのか・・・?」
「いや、ゼト将軍からかなり前に聞いた話だ。ゼト将軍もファード陛下から聞いたとか・・・」
「・・・一体いつの話だ」
「エイリーク様が五歳くらいの話だったかな」
「・・・・・エイリーク様は覚えていらっしゃるのか?」
「覚えていたかどうかは後でエフラム様に聞いてみればいいだろ。エイリーク様でもいいけど」
「そんな話できる訳がないだろう・・・!」
「そうだなぁ。エイリーク様はともかく、エフラム様に聞いたらまた面倒なことになりそうだし」
エイリークが覚えていてもいなくても、話が長くなりそうだ。とりあえず、この後エフラムが不満一杯の顔で戻ってこないことを祈るフォルデとカイルだった。