抱締

そよそよと、柔らかな風が双子の頬を撫でていく。見晴らしのいい丘の上で、エフラムとエイリークは横に並び座っていた。
その距離は、肩が触れるほど近い。
肩どころか、エイリークの頭はほとんどエフラムの胸へと預けられていた。時折不安定に、その頭がゆらゆらと傾ぐ。
始めは普通に会話をしていたエイリークだったが、風の心地良さに誘われたか、次第に言葉少なになっていき、とうとう微睡み始めてしまった。昨日は突然の夜襲を受けて、何とか撃退したのだから仕方ない。エイリークも他の仲間たちも、だいぶ疲れているだろう。本当は早くこの場から離れるべきだと思ったが、全員の体力を回復させるためにも留まることを選択した。何人かの見張りを残して、他の者も今頃寝ているだろう。
エイリークをこのまま寝かせておいてもいいものか暫し迷う。テントへ連れて行き、きちんと横になった方が休めるはずだ。しかし、そのために彼女を起こせば、また一緒に見張りをすると言い出すだろう。寝てしまったことの謝罪と共に。
本来はエフラム一人でここの見張りをすると言うことになっているのだから、エイリークが謝る必要は全くない。共に見張りをする必要もない。それでも彼女はここへやってきた。
一緒に見張りをしてもいいでしょうか、と少し不安げな表情で言われて、エフラムは断ることができなかった。彼が頷いた時の、嬉しそうな妹の様子に、こちらも頬を緩める。幼い頃、どこか申し訳なさそうに甘えてきた彼女を思い出した。
「俺に遠慮するな。好きなだけ我がままを言っていいぞ。寂しいから抱き締めろとか」
「そ、そんなこと言えません・・・!」
慌てる妹を見て、小さく笑うエフラム。そこに安堵が混ざっていることにエイリークは気付いていないだろう。抱き締められるのは嫌だと、拒絶されなかったことが嬉しかった。
「それは残念だ」
「・・・そんなに誰かを抱き締めるのがお好きなのですか・・・?」
「誰かじゃなくて、エイリークを抱き締めるのが好きなだけだ」
「あ、兄上・・・!」
「最近はさっぱり抱き締めさせてくれなくなったからなぁ。昔はあんなにくっついてきてくれたのに」
「そっ、それは・・・!」
「それは?」
「・・・っそ、それは、幼い頃の話です。今は分別の付いた大人ですから、むやみやたらに抱き付いたりはしません」
「それは残念だ」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。単調に、感情をこめず、冗談とも取れるように。
エイリークはまだ慌てた様子で口を開けたり閉めたりしている。何か言わねばと思っているようだが、また兄の爆弾発言が飛んできては困ると言うところだろうか。
これ以上話を続けてエイリークを疲れさせることは避けたいので、エフラムもそれ以上は言わなかった。
ぽんぽん、と頭を優しく撫でると、エイリークは紅潮した顔を小さく綻ばせる。抱き締めたいと思ったが、行動に移すのも口に出すのも何とか堪えた。

それからぽつりぽつりと話をして、エイリークがこくりこくりと寝入り、今に至る。

できるだけそっと動いて、エイリークが眠りやすいように身体で支えた。胸元で彼女の頭を受け止めると、柔らかい髪の毛が風になびいて自分の顔をくすぐる。片手でその髪をすくい、そっと握った。身体を抱き締めることはできなかったが、少し気持ちが満たされる。
城にいた頃は、手入れの行き届いた艶のある髪だった。今は進軍の最中で、埃と汗にまみれ、栄養もあまり取れていないためか、僅かに軋むような感触になっている。それでも、彼女の髪に触れたことは、エフラムに喜びの感情を与えた。大切な人を、仲間たちを守ろうと強く思う。昨日の夜襲は怪我人が出たが、全員生き残れた。明日はどうなるかわからない。今この瞬間にも、敵は迫っているかもしれない。いつ終わるとも知れない強行軍だったが、必ず全員で生きて帰るとまた心の中で誓った。