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ルネス王国は今日も平和だ。

「ぜぇーったい!お兄様よりエフラムの方が、理想のお兄様よ!」
エイリークに鼻が付きそうなほど肉薄し、そう主張するのはフレリア王国の王女ターナ。彼女が愛馬で天から降りてきたのは、お昼を回って暫くしてからの事だった。召使いたちにお茶の用意やら天馬の世話やらをお願いして、彼女と話をし始めてから既にこの調子である。憤慨したターナから発せられた文句から推測するに、ヒーニアス王子は妹心がわからなくて兄として失格なのだとか。具体的に何があったのかはわからないが、また喧嘩でもしたのだろう。兄と喧嘩したターナがエイリークの元で延々と文句を言いにくるのはよくあることだった。その後、ヒーニアスが妹を迎えに来て、エイリークに頭を下げるのもいつもの事である。
「え、ええと、ヒーニアス王子もとても素敵な方だと思うけれど」
興奮しているターナの迫力にたじろぎながら、エイリークは友人でもあるヒーニアスを擁護する。
「全然そんなことないわ!お兄様よりもエフラムの方が優しいもの!」
「ヒーニアス王子は厳しいけれど、相手のことを思いやる方だと思うわ。それはターナが一番知っているでしょう?」
「っ・・・で、でも、エフラムの方が強いし」
「二人とも自分の方が強いと言うことはよく言っているけれど、どちらが強いのかはまだわからないんじゃないかしら?」
「うぅ・・・そ、それに、お兄様よりエフラムの方が格好いいじゃない」
「そうかしら・・・?」
「・・・エイリークは、エフラムよりお兄様の方が好きなの?」
どことなく不安そうな表情でターナが問いかける。あまりにもヒーニアスの肩を持つエイリークが気になったのだろう。エイリークにしてみれば、ターナはエフラムの肩を持ち過ぎだと思うのだが、互いの思いが通じることはない。
「どちらの方がと言うことはないわ。二人とも好きよ」
「・・・兄妹なのにエフラムが一番じゃないの?」
「じゃあ、ターナは兄妹だからヒーニアス王子が一番好き?」
「っそ、そんなことない!お兄様なんて嫌い!」
「今は喧嘩をしたからでしょう?仲直りしたら、ヒーニアス王子を一番好きになるの?」
言葉を止めたターナに、エイリークが優しく尋ねる。ターナは困ったように首を傾げた。
「・・・うーん・・・一番・・・かなぁ・・・?」
「私は兄上もヒーニアス王子も好きだけど、誰が一番と言うことはないわ。父上も好きだし、もちろんターナも大好きよ」
「わ、私もエイリークが好き!誰か選べなんて言われても困る!」
「ふふ、ありがとうターナ」
「ごめんね、エイリーク。誰が一番かなんて聞いたりして」
「ううん、誰か一人をめいっぱい好きになることも、素敵なことだと思うわ」
「それって、恋をするってこと?」
「きっとそうね」
まだ経験したことのない恋の話に花を咲かせる王女たち。ターナの怒りも落ち着いたようだ。これでヒーニアスが迎えに来れば、二人はすぐに仲直りできるだろう。
そんな風にエイリークは考えていた。この時、既に大きな問題が発生しているとも知らず。

「とりあえず引き返そうぜ。な?」
「っぐ・・・な、何を言うか・・・!騎士として、主を見捨てて逃げるなどできるはずもないっ・・・!!」
「いや、でもあれ絶対面倒だって。これからゼト将軍と稽古だって、楽しみにしてたんだろ。別の道を通っていけばまだ間に合うって」
青ざめたフォルデとカイルが会話をするその先では、エイリークの部屋の扉の前で体育座りをしたエフラムが、床を見ながらぶつぶつと何か呟いている。その重苦しい雰囲気に召使いたちは近付けず、エイリークとターナのために用意した追加の茶菓子を持ったまま遠くからおろおろと見守っていた。
「し・・・しかしっ・・・ここで主を見捨てたとなれば、騎士として生きる価値はない!行くぞフォルデ!!」
「ええー。絶対面倒なことになるってー」
呟くフォルデを引きずりながら、カイルは主の元へと突撃した。もちろん訓練には間に合わなかったが、色々察したゼトは大いに二人の騎士の苦労を労った。

ルネス王国は今日も平和だった。