命令

ルネスの赤緑騎士コンビは、今日も国を守ると言う使命を果たしている最中だった。
「何で騎士が倉庫整理なんてしなきゃならないのかねえ」
「ルネスは復興したばかりで人手が足りないのだ。文句を言うな」
「わかってるよ。適当にやって早く終わらせようぜ」
「馬鹿を言うな。整理整頓を疎かにすると、命取りになるぞ。本気で取り組め」
「お前の過去に何があったんだよ・・・?」
「上官から与えられた命令をきちんとこなしてこそ騎士だ。それが国を守ることに繋がるのだ」
「整理整頓と命取りの関係については言いたくないってことか。ま、いいけど」
そう言う訳で、今日もカイルとフォルデは国を守るために倉庫整理に励むのだった。

「お仕事中にすみません」

遠慮がちにかけられた声に、二人は顔を輝かせて振り返る。この仕事から解放されるのではと期待したのは、フォルデだけではなかったらしい。
二人の視線の先には、書状を手に申し訳なさそうな顔をしたエイリークがいた。
「エイリーク様、どうしました?」
「遠慮されることはありません。どんな御用でもお申し付け下さい」
倉庫整理から解放されたい二人の気持ちに気付かないエイリークは、彼らが気を使っているのではと勘違いしてしまう。
「あの、兄上から、この書状を二人に渡すよう言われました。急ぎの用件だそうで、申し訳ないのですが今すぐに目を通してほしいとのことです」
「急ぎなら直接言いにくればいいのに」
「エフラム様は新しいルネスの王だぞ。昔とは違うのだ・・・」
フォルデにそう言いつつ、カイルも同じ思いだった。エフラムならこんな回りくどいことをせず、直接ここへ来るはずだ。
「兄上は今、執務の最中で暫く手が離せないようです」
それでエイリークに言伝を頼んだらしい。それを聞いてもまだ腑に落ちないものを感じつつも、急ぎだと言う書状を受け取り、二人はそれを覗き込む。
そこには慌てて書いたとわかる筆跡で短くこうあった。

『俺が行くまでエイリークを引き止めろ』

また面倒臭いことが始まっていると、二人の騎士は強く思った。
「倉庫整理の方がまだよかったかもな・・・」
「き、騎士足るもの、主の命令には従うのが道理・・・それが国を守ることに、つ、繋がるのだ・・・!」
「大丈夫ですか?兄上は何と・・・?」
書状を見て明らかに肩を落としている二人を見て、エイリークが心配そうに様子を窺う。
正直に『エフラム様から貴女を逃がすなと言われました』と言う訳にはいかない男二人は、曖昧に返事を返す。
「と、ところでエイリーク様は今日の鍛練はお済みですか?よろしければお相手願いたいのですが」
カイルが律儀に命令を守るべく動いた。しかしエイリークは困った表情を浮かべる。
「すみません。この後すぐに出かけなくてはならないのです。明日でもよいでしょうか?」
「ちなみにどちらへ?」
フォルデの問いに、エイリークは嬉しそうな顔で答えた。
「サレフ殿が里へ遊びに来ないかと誘ってくれたのです。兄上も共に行ければよかったのですか、今日は忙しいようなので私だけ伺うことになりました」

妹を一人で行かせたくないだけかー!

騎士たちの心の叫びが見事に調和した。
「すみませんが、そろそろ出かけなくてはなりません。それでは・・・」
「お、お待ち下さい!エイリーク様!」
いまだ主の命令を守ろうとするカイルが、エイリークを引き止める。どんな命令でも、国を守ることに繋がると言った手前、途中で放り出す訳にはいかない。
「さすがにこれが理由で国は傾かないだろ」
半ば任務を放棄しているフォルデの小さな呟きが、カイルの意志をぐらぐらと揺らがせた。
「何ですか?」
呼び止められたエイリークは、カイルの言葉を待っている。しかし何を言えと言うのか。彼女がここから立ち去らないような理由は何も思い付かない。
口を開いたまま硬直しているカイルに、エイリークが声をかけようとしたその時。

「待たせたな!」

力強いエフラムの声が、カイルを硬直から解き放った。
ふらりと身を傾げるカイルを、フォルデが支える。この一瞬だけで随分やつれたようだ。
「あ、兄上!どうされたのですか?執務は?」
「もちろん終わらせて来たに決まっているだろう!さあ行くぞエイリーク!」
「え、でも、カイルとの話が」
「カイルのことは気にしないで下さい。もう大丈夫なんで」
エフラムに手を引かれながら戸惑うエイリークに、フォルデが声をかける。何が大丈夫なのかわからなかったが、エイリークがそれを尋ねるまで兄は待っていてくれなかった。

慌ただしく二人がいなくなってから、カイルとフォルデは大きく溜め息を吐く。
「ま、今日も国が守れてよかったな」
「・・・そうだな・・・」
フォルデの軽口を、咎める気力もないカイルだった。