不意

兄と訓練をする時、エイリークはいつでも本気でレイピアを繰り出していた。
それでも彼女が兄を上回ったことは一度もない。今日もエイリークのレイピアは、エフラムの槍に弾き飛ばされ宙を舞う。
「っ・・・参りました」
「今日もよく頑張ったな」
余裕の笑みを浮かべたエフラムに、ぽんぽんと頭を撫でられる。褒められた嬉しさで緩みそうになる口元を、エイリークは慌てて引き締めた。
「兄上はどうして簡単にレイピアを弾き飛ばすことができるのですか?」
今日の彼女は三度もレイピアを手放さなければならなかった。レイピアの下へ入り込まれないよう気を付けたつもりだったが、気が付くとエフラムの槍は剣先の下へ滑り込んでくる。
「お前が攻撃をしかけようとした時、レイピアを少し持ち上げるだろう。その隙を突いて弾き飛ばすんだ」
「・・・では、私が攻撃をしなければいいのでしょうか」
「そうだな。相手に隙ができるまで動かないと言うのも一つの手だ」
兄の言葉を受けて、エイリークは暫く考え込む。エフラムはそれ以上言わずに彼女の様子を見守る。
「自分から動かないと言うのは、実践では難しい気がします。誰かを救助しなければならない時は、相手の攻撃を待ってなどいられません」
「確かにそう言う状況では無理だな」
「兄上との訓練も、動かなければ私の方が先に隙を作ってしまうと思います。もしくは二人とも動かずに訓練の時間が終わってしまうかも」
「それはわからないぞ。俺が先に攻撃をしかけるかもしれん」
「いえ、兄上は我慢比べを選ぶと思います」
「そう言われると、攻撃をしたくなるぞ」
「そう言って攻撃しないと思います」
「いや、そこまで言われるとさすがに・・・」
「そう言っておいて、実際は動かないと思います」
「そこまで確信を持てる理由は何だ・・・?」
「兄上ですから」
エイリークの自信たっぷりな一言に、エフラムはまだ首を捻るのだった。
「私の隙を突いてきた兄上の、更に隙を突いて攻撃できないでしょうか」
「どうやって隙を突くんだ?」
「レイピアを下に捻って、槍の下に入り込むんです。そうすれば兄上のように武器を弾き飛ばせます」
「無理だな」
「やってみなくてはわかりません」
今度はエフラムが断言する。エイリークはまだ諦めたくないようだ。
エフラムが口の片端を上げて笑みを浮かべた。妹の挑戦したいと言う心意気は立派だ。しかし、兄としてここは譲れない。
「そこまで言うなら、今から俺の攻撃をかわしてみせろ」
そう言って素手で構えるエフラム。ここで逃げる訳にはいかないと、エイリークもレイピアを置いて身構えた。

エフラムが一歩踏み出す。
エイリークは右に身体を捻り、繰り出された拳を避ける。左から拳や脚が来ないことは十分に気を付けていた。
気を付けていたつもりだった、のだが。

刹那、彼女の左頬にほんのり温かいものが触れる。

「っ・・・!?」
驚きのあまり身体を支えられなくなったエイリークは、そのまま後ろへ倒れ込む。
その身体をエフラムの腕がすかさず支えた。
「俺の方が、お前の隙を突くことには慣れているからな。エイリークにはまだ無理だ」
「っあ・・・兄上・・・!い、今のは、攻撃ではありません・・・っ!」
「お前の頬を殴れと言うのか?本当は唇にしたいところを我慢してやったんだ。それとももう一度やるか?」
拳で頬を殴るのと、頬に口付けるのと、唇に口付けるのと、一体どれをもう一度やると言うのか。
聞くこともできずに、エイリークは大きく首を横に振ったのだった。