宣言

エイリークは背後にねっとりと絡み付くような視線を感じて身を震わせた。
殺気とも敵意とも違う感情。どちらかと言うと恨み妬みに近い気がする。城内で彼女が相対する者たちにとっては遠くかけ離れた感情だ。少なくとも彼女自身はそう思っている。
一体誰が、そんな目で自分を見ているのだろう。すぐさま確認すべきだとわかってはいるのだが、何故か振り向くことができなかった。振り向くことを彼女の本能が拒否している。しかし、このままの姿勢で状況がよくなるとは思えない。相手が逃げてしまったら、それこそ気になって夜も眠れないだろう。
暫くの葛藤の後、エイリークは意を決して振り返った。

「っ・・・!!あ、兄上?」

思わぬ相手に、気の抜けた声を上げるエイリーク。彼女の視線の先には、壁にもたれながらこちらへ淀んだ視線を送るエフラムがいた。
「・・・気が、あ、えと・・・ど、どうかされましたか・・・?」
「・・・今、気が触れたのかと聞こうとしただろう」
「い、いえ、兄上に気が付かず申し訳ありませんと言おうとしました」
「俺に嘘は・・・」
「すみません。兄上の気が触れたのか聞こうとしました」
エフラムの右手がわきわきと妙な動きを始めたので、エイリークは慌てて本心を述べた。
「俺は気が触れた訳じゃない・・・双子のお前にならわかるだろう」
「すみません。双子でもわかりません」
「最近のお前は冷たいな・・・」
「最近の兄上がちょっとおかしいからだと思います」
「嘘をつかれるのも嫌だが、ここまで正直に言われるのも辛いぞ」
「嘘をついたら何をされるかわからないので、仕方なく正直に話しているのです」
エフラムが大きく溜め息を吐く。
「家臣たちが見合いしろとうるさいんだ」
「それで随分前から執務室にいたのですね」
「ずーっと見合い話を聞かされて、やっとトイレに行っていいと言われた。しかも俺がここで漏らすと言わなかったら、あいつらまだ話を続ける気だったぞ」
一国の王位継承者が家臣の前で失禁すると騒いだことに、エイリークは軽い目眩を覚えた。それだけエフラムも必死だったのだろう。それが家臣から逃げることなのか、尿意を我慢することなのかはわからなかったが。
「急いでお手洗いに行った方がよいのでは・・・」
「もう行ってきた」
兄が家臣の目の前で大失態を犯さなくてよかったとエイリークは思った。
「ではまだ話は終わっていないのですか?」
「・・・後どれだけ続くのか、怖くて聞けなかった」
「兄上にも怖いものがあったのですね」
エフラムがぐったりしている理由がわかって、エイリークは安堵する。まだ気が触れた訳ではないようだが、このままでは少し心配だ。
「兄上、乗り気ではないならそう言った方がよいのでは」
「もう何度も言った!あいつら全く聞かないんだ!」
「彼らも兄上が心配なのでしょう」
「お前は何も言われなくていいよな・・・」
再び先ほどのねっとりとした視線がエフラムの目に宿る。エイリークは後ずさって困った表情を浮かべた。
「で、ではこう言うのはどうでしょう。家臣たちに、自分でお相手を見つけると言うのです。そうすれば彼らもお見合いの話をしなくていいと思うのでは?」
「おお、確かにそうだな!」
「言うだけでなく、きちんと探して下さいね」
「大丈夫だ。もう見つけてある」
「え・・・だ、誰ですか?」
予想外の言葉に、エイリークの声が震えた。いつの間に、兄にそんな相手ができたのだろう。
エフラムはいつも通り自信に満ちた態度で言う。

「お前だ」

エイリークの思考が完全停止した。
「・・・・・え?」
「相手はエイリークにすると決めてあると言えば解決だな!」
「・・・あ、いえ・・・たぶんそれでは・・・」
「早速言ってくる!」
エイリークが止める間もなく、エフラムは走り去った。

その後、エフラムが家臣たちから何を言われたのかエイリークは聞いていない。
それはまだ、ルネスの双子が十歳だった頃の出来事である。