高熱

「エイリークの看病を代わってくれ。頼む」
地に着けんばかりに頭を下げるエフラムに、ナターシャは目を見開いて驚く。
「え、エフラム様っ!?ど、どうか頭を上げて下さい・・・!」
「では代わってもらえるんだな?」
「いえ、それは・・・」
「ならば頭を上げる訳にはいかない。どうか頼む」
二人がいるのは、エイリークが寝ているテントの前だった。厳しい行軍で無理が祟り、彼女は高熱に倒れてしまったのだ。
「エイリーク様の看病は私がきちんと務めさせて頂きます。どうか安心してお休みになられて下さい」
「いや、君のことを信頼していない訳ではないんだ。エイリークが倒れたのは俺のせいだから、どうか看病させてほしい」
ここ数日、エイリークはエフラムの傍で戦っていた。すぐ傍にいたのに、エイリークが倒れるまで異変に気付けなかった。それほど戦いが過酷だったのだと言い訳するつもりはない。
「そんなことはありません。私たちも気配りが足りませんでした」
「君たちは十分よくやってくれた。皆がいてくれたお陰で、今回も生き延びることができたんだからな」
「エフラム様・・・」
ナターシャは感動に瞳を潤ませた。エフラムもエイリークも、いつもこうして軍の者たちを労ってくれる。とても素晴らしい主君たちがいるのだから、ルネスはきっと再興するだろう。
「どうかエイリークの看病をさせてくれ。そうでもしないと俺の気が済まない」
「・・・わ、わかりました。もしお手伝いが必要でしたら、いつでも仰って下さい」
「ありがとう!恩に着るぞ」
「いえっ、ですからどうか、どうか頭をお上げ下さい・・・!!」
おろおろとするナターシャに、エフラムは再度礼を述べるのだった。

テントの中に入ると、空気が少し熱く感じられた。恐らくエフラムの気のせいだろう。
目の前には苦しそうに息をするエイリークが寝ている。頬は赤く、額には汗が浮いていた。そんな彼女を見ていると、また気温が上昇したような気がしてくる。
「大丈夫か?」
声をかけ、彼女の額に手を乗せた。わかってはいたが、予想以上に熱い。枕元に落ちていた手拭いを拾い、傍にあった水桶に沈める。思ったより水が冷たく感じたのは、エイリークの熱が手に残っていたからだろうか。
「そうか、ゆっくり休め」
手拭いを固く絞り、額の上に乗せてやる。先ほどから彼女は何も言わず、目を閉じたまま浅い呼吸を繰り返していた。傍目には眠っているように見えるが、エフラムは当然のように会話を続ける。
「無理をさせてすまなかった・・・お前のことならなんでもわかると、たかをくくっていた報いだな。あの時は自分の戦いに夢中で、お前が疲れていることに気付かなかった」
今ならばエイリークが口を開かず、眠ったような状態でも、彼女が何を思っているかすぐにわかると言うのに。
「いや、俺の責任だ。お前は一人で突撃していく俺を、必死にサポートしてくれていたんだろう?」
「・・・ぇ・・・」
エイリークが、吐息ともつかぬ小さな声を上げた。その目はまだ閉じられている。
「無理に声を出さなくていい。俺はお前に甘えていた。本当にすまない」
「・・・・・」
エイリークの睫毛が震え、涙が零れた。違うのだと、自分が勝手に無理をして倒れただけなのだと、彼女は高熱で動かない身体で言っていた。エフラムの指がその涙を拭う。自分を責めなくていいと言ってやりたかったが、そう伝えても彼女は自分を責めるだろう。
「大した償いにはならんが、せめて今夜はたっぷりと看病させてもらうぞ。お前も思う存分俺に甘えるといい」
明るい調子でそう告げると、エイリークの表情が少しだけ柔らかくなった。エフラムもほっとしたように表情を緩めると、これから具体的に何をするか考える。
喉が渇いている様子はない。食欲もないようだ。会話、と言うかこちらが一方的に話すだけだが、それもあまりやると彼女が疲れるだろう。
あれこれと思案しながら、エフラムはエイリークへ視線を落とした。彼女の額から、また手拭いが落ちている。拾い上げて戻そうとしたところで、先ほどより額の汗が増えていることに気付く。
「・・・随分汗をかいているな。そんなに暑いのか?」
声にはならなかったが、暑いと言う彼女の思いが伝わってきた。身体を覆っている毛布を捲ると、緩めの衣服の隙間から濡れた肌が覗く。
エフラムはとうとう己のやるべきことを見出した。

「よし、お前の身体を拭いてやろう」

「お待ち下さいエフラム様!!」
「ゼト?」
身体を拭くための布を探そうと振り返ったエフラムの前に、顔面蒼白のゼトが駆け込んでくる。彼がそこまで取り乱すのも珍しい。
「何かあったのか?随分とうろたえているようだが」
「は、はい、先ほどエフラム様がナターシャ殿に土下座をしている場面に遭遇してしまい、立ち直るのにだいぶ時間がかかってしまいました」
「そうか。あれはエイリークの看病を代わってもらおうとしたんだ」
「そうでしたか。ですが歩み寄るなり土下座と言うのは・・・と、それは明日にでもまた話すとして、どうかエフラム様はお休み下さい。エイリーク様の看病は他の『女性』に頼みますので」
台詞の一部を強調するゼトだが、エフラムにその真意は届かない。
「いや、今日は俺のせいで皆に無理をさせた。エイリークが倒れるほどだ、皆もだいぶ疲れているだろう。ゼトも休んでくれ」
「エフラム様・・・お心遣いありがとうございます。ですが、エフラム様にもこれ以上無理をさせる訳には参りません。ここは私が代わります」
「俺は平気だ。それに俺はエイリークに無理をさせた償いをしたい」
「ですが・・・」
「今回はやけに食い下がるな・・・そうか」
ぽんと手を打つエフラム。ゼトは少しだけ嫌な予感がした。

「ゼトもエイリークの身体を拭きたいんだな」

「っぶぁな!な、何をっ・・・!?」
先ほど以上に狼狽するゼト。エフラムは見たことのない将軍の様子に首を傾げる。
「お前も責任を感じていて、エイリークの看病をしたいんじゃないのか?」
「っえ・・・そ、そうですね・・・はい・・・すみません・・・」
「だいぶ疲れているようだな。やはりゼトは休んだ方がいい」
「・・・はい・・・すみません・・・」
「謝るのは俺の方だ。今日は無理をさせて済まなかった」
「いえ・・・お心遣い感謝します・・・エフラム様・・・どうか、どうかエイリーク様の看病は『無心』でされて下さい・・・」
「無心?それは看病の心得か何かか?」
「お願いします・・・」
「わかった。家臣の希望には全力で答えよう」
今日一日、色々な衝撃的場面に遭遇して力尽きたゼトは、もう一度お願いしますと言って去って行く。その後ろ姿を見送り、彼の様子を明日の朝一番に確認しようと思うエフラムだった。