瞑練
エフラムが妹の姿を見つけたのは、中庭にあるこじんまりとしたガゼボだった。シンプルに見えるがよく見ると細かな彫刻が彫られたベンチが円を描くように設置され、それより少し大きめの屋根が備え付けられている。そこには心地よい風と、柔らかく温かい光が降り注いでいた。
目を閉じてベンチに腰掛けているエイリークの姿を見て、昼寝でもしているのだろうかと最初は思った。しかし、彼女の背筋は綺麗に伸びているし、両手は柔らかく握られ、膝上に乗せられている。寝ているのではなく、何か考え事をしているのかもしれない。
足音や気配を消して歩み寄ると、少し眉根を寄せる妹の表情が見えた。できる限り静かに近付いたとは言え、自分がすぐ傍まで来ても気付かないのだから、余程深く考え込んでいるようだ。
どこまで近付いたら気付くだろうか。
ふと思い付いて、エイリークの前で上体を屈める。すぐ傍で顔を覗き込むと、彼女の睫毛が小さく震えていた。本当に何か悩み事でもあるのだろうか。妹が一人でそれを抱え込まないよう、聞いてやらねばと思った。しかし声はまだかけない。代わりに、鼻先を少しずつ彼女の鼻へ寄せていく。こんなに近付いても気付かないと言うのは、結構問題があるのではないだろうか。それも後で言っておかないと。
自分の鼻先がエイリークの鼻を突付くのが先か、彼女が自分に気付くのが先か、槍の手合わせにも似た軽い興奮を覚えた。
後もう少し、後、僅かで鼻先が触れる。
と、言うところでエイリークがほんの僅かに顔を上げた。
「っ・・・・・!?」
彼女の唇がエフラムの唇に近付き、吐息だけが彼の唇に触れる。
押された訳でもないのに、エフラムは背中から地面に倒れ込んだ。その音でようやくエイリークの瞳が開く。
「あ、兄上っ?どうされたのですか?」
「・・・・・・・それは俺の台詞だ。お前が何をしているのか見に来た」
慌ててベンチから立ち上がった妹に、転がったまま尋ね返すエフラム。
「え、あの、私は瞑想をしていました」
首を傾げつつ、エイリークが答える。彼女にも色々気になることがあるようだが、こちらもまだ疑問は絶えない。
「瞑想?」
「はい、瞑想をすることで、心が乱れず常に平静を保てるようになるのだそうです。ゼトにやり方を教わったのですが・・・なかなか難しくて」
「それで随分と険しい顔をしていたのか」
悩み事ではなかったことに安堵する。エイリークは恥ずかしいところを見られたと思ったのか、ほんのり頬を赤くした。
「そ、そうでしたか。何でも瞑想の時は考え事をしてはいけないのだとか。ですが考えないようにしようと思うことが、既に考えていると言うことになってしまって、それではいけないと思うこともまただめで・・・」
「確かにそれは難儀だな。話を聞くだけで頭が混乱しそうだ」
「はい。混乱しました」
お互いに苦笑する。エイリークが手を差し出してきたので、有り難くそれを掴んで立ち上がった。
「お前はそんなにいつも心が乱されていると感じるのか?」
「いつもと言う訳ではありませんが、兄上と手合わせをしている時など、不意を付かれて動揺することはよくあります」
「なるほど。瞑想は戦いにも役立つのか」
「そうですね。他にも民衆や他国の前で常に平静を保つことは、民衆には安堵を、他国には隙をつかれない効果もあるのでは、とゼトが言っていました」
「そうか。いいこと尽くめに聞こえるな」
「いいこと尽くめなのではないのですか?」
不思議そうな顔をするエイリークに、エフラムは困ったような笑みを返す。
「それができるようになるまで、一体どれだけの時間がかかることか。俺が戦いの時に平静でいられるとは、とても思えん」
そう言うと、エイリークはぽかんとした後、エフラムと同じような笑みを浮かべた。同意してもいいものか迷ったのだろう、僅かに口を開けつつも何も言わない。
エフラムはベンチに腰を下ろすと、ごろりと横になった。瞑想よりも、今日の陽気は昼寝の方が似合っている。