食拭
食事をとることができると言うのは、大変恵まれたことである。この戦争が始まってから、それを幾度もエフラムは思い知らされた。
敵から逃げている時に、食事のことなどを気にかけている暇はない。数日の断食など当たり前。そこらの草木を口に放り込み、泥水をすすることさえあった。
しかし今は、この手の中に温かいシチューの入った器がある。まだ戦争は続いているが、少し前にある程度の位を持つ敵を討ったところだ。これで相手も暫くは仕掛けてこないだろう。今のうちに、疲弊した仲間と十分な休息と食事を摂る?必要があった。
「あの、お、おかわり・・・いいですか?」
「もちろん。遠慮しなくていいんですよ」
己の口にシチューをかき込んでいるエフラムの隣りには、大人でも一抱えはあるだろう大鍋がある。そこにはユアンから器を受け取り、シチューをよそうエイリークもいた。
並々とシチューが入った器を渡すと、ユアンが破顔する。礼をして立ち去ろうとした彼を、エイリークが呼び止めた。
懐から布を取り出し、振り返ったユアンの口の端を拭う。恥ずかしそうに笑うユアンの頭を、エイリークが優しく撫でた。気持ちをなだめるだけではなく、髪についた砂埃を払う意図もあったのかもしれない。エフラムは戦場にマナーなど欠片も必要ないと思っていたが、妹はそうではないらしい。
「・・・・・」
彼の隣でシチューを食べていたミルラが、おもむろに自らの口元へシチューを塗りたくると、エイリークの元へと歩み寄った。始めは驚きに目を見開いたエイリークだったが、頬を緩めてミルラの口元を拭いてやる。どこか満足そうな顔をしたミルラは、エフラムの隣りに戻ると何事もなかったかのように食事を再開した。
以前はエイリークに遠慮がちなミルラだったが、最近は随分と打ち解けたようだ。この前は共に寝たらしい。
戦場では気持ちが荒むことも多いが、こう言った話を聞くと人の心を取り戻せる。だからなるべく、仲間たちには声を掛け、話題を振ったり話を聞いたりするように努めている。
「・・・・・」
「どうした?」
ミルラがこちらをじっと見つめてくるので尋ねたが、彼女は何も言わずエイリークの元へと行ってしまった。エイリークに何やら伝えると、妹がこちらを見てくすりと笑っている。
笑われた理由を問う前に、エイリークがミルラの手を引いてこちらへやってきた。
「兄上、ミルラに気を遣わせていますよ」
そう言って、彼女はエフラムの頬をそっと拭った。
「ついていたか?」
「はい」
「気付かなかった。二人ともありがとう」
礼を言うと、エイリークとミルラが嬉しそうに笑う。この笑顔を守らなくては。密かにそう決意して、エフラムも頬を緩めた。