襲誘
エフラムが槍を振るうと、空気を切り裂く音が部屋の中に響いた。王子の部屋とは言え、謁見の間よりはずっと狭い。寝台などの家具もあるため、あまり端に寄るとだいぶ動きが制限されるだろう。長年振るってきた己の獲物なのだから、ある程度は感覚でわかる。しかし、実戦でそのことを把握して立ち回れるかは微妙なところだった。例えば暗殺者がやってきて、壁際に追い詰められた時、自分はこの槍で撃退できるのだろうか。
わからないのなら、実際に試してみればいい。そう結論付けたエフラムは、早速それを実行すべく部屋を後にした。
□■□
「エイリーク!」
生まれた時から共に育ってきたため、かどうかは不明だが双子の部屋は位置的に近い。背中を見つけて声をかけると、エイリークは長い髪をふわりと揺らして振り返った。エフラムより少し前に部屋から出て、どこかへ向かうところだったのだろうか。
「兄上、どうされましたか」
「お前に頼みたいことができた」
「何でしょうか」
小首を傾げるエイリークの肩に手をそえ、エフラムは優しい笑みをたたえて口を開く。頼み事をする時は誠実に、と言うことくらい王子の彼でもわかっていた。
「今夜、俺を襲いにきてくれ」
沈黙するエイリーク。傍で掃除をしていた召使いたちが赤面して小さな悲鳴をあげる。
「俺は寝所で待っているから、本気でこい」
何故か妹から先ほどまでの柔らかい表情が消えていくのが少し気になったが、とりあえず己の要求を最後まで述べるエフラム。ついでに彼女の瞳から温かい光も失われているように見える。逆に周りの召使いたちは熱気に満ち溢れているようだった。
「頼みたいことは以上だ。楽しみにしているからな」
妹の頭をふわりとなでて、エフラムはその場を後にした。エイリークは召使いたちに取り囲まれて何やら騒がしそうだったが、エフラムの耳にはその内容まで届かない。
それよりも彼は別にやることがあった。エイリークは剣で襲撃しにくるはずだ。できれば違う武器を持った相手とも、狭い場所で戦ってみたかった。
そんなことを思いながら歩くこと暫し、長身の男が目に入る。
「ゼト!」
「はい」
ゼトはエフラムが声をかける前から、すでにこちらへ向かい姿勢を正していた。彼の方が先にこちらを見つけていたようだ。
「頼みたいことがある。明日の夜は空いているか?」
そう言えば、エイリークには今夜予定がないか聞いていなかったことを思い出す。彼女が何も言わなかったのは、用事があって困っていたのだろうか。
「はい、空いております」
後でエイリークにも聞いておこう。今夜が無理なら明後日にしてもらえばいい。
少し不思議そうな顔をしたゼトの答えを聞きながら、そんなことを考える。まずはゼトに用件を伝えなくては。
「では明日の夜、部屋にいるから襲いにきてくれ。獲物は槍で頼む」
ゼトも沈黙した。しかし彼はエイリークと違い、復活することができた。
「・・・・・エフラム様、それは稽古がしたいと言うことでしょうか?だいぶ非常識な時間と場所ですが」
「ああ、狭い部屋で襲われたら、槍でどこまで立ち向かえるのか確かめたくなってな」
「そうでしたか・・・それなら別に夜でなくとも・・・あの、槍を指定されたのは何故かお聞きしてもよいでしょうか」
随分謙虚な態度なのは騎士道精神なのだろうか。別に気分を害することでもないのに、とエフラムは思いながら答える。
「剣はエイリークに頼んであるからな。ああ、そう言えば剣で襲ってこいと言っておかなかった」
ゼトが精悍な顔つきをだいぶ崩してちょっと吹き出しかけた。
「えっ、エフラム様、エイリーク様には何と・・・!?」
「うん?今夜、俺を襲ってくれと言ったぞ」
今度は吹いた。真銀の騎士が盛大に吹いた。
何かエフラムの顔にかかったが、拭けば問題ない。彼は心の広い王子だった。
「じゃあ、明日は頼んだ。楽しみにしている」
できれば魔法使いやアサシンにも頼みたいが、残念ながらあてがない。城内の者たちに聞いて回ればみつかるだろうか。だが、それよりまずはエイリークに剣でくるよう言ってからだ。あれこれ考えながら、エフラムは硬直しているゼトを残して、妹を見つけるべくきた道を戻るのだった。