温泉

殷雷は、久々に顔を合わせた友の前で思い切りだるそうな顔をした。
その反応を予想していたのか、相手はくすりと口元に手を沿え笑う。

「そんなに嫌なの?和穂と温泉に行くことが」

楽しくてたまらないと言った様子で、恵潤は尋ねた。

彼女が来た時、殷雷は素直に喜んだ。ここ数年、恵潤はどこぞの少年を使用者に選び、住み込みで剣術を教えているらしく、全く顔を合わせていなかったからだ。
そして、殷雷が『久しいな』と言う前に、恵潤は開口一番言い放った。

「和穂を温泉に連れて行く気はない?」

そして殷雷は冒頭の表情を浮かべ、大きく溜め息を吐く。
「・・・恵潤よ。そんなことが本当に可能だと思うのか?」
怒りもせず、恥ずかしがりもせず、諦めに満ちた顔でぼそりと呟く殷雷に、恵潤は軽く首を傾げた。
「和穂なら、あなたが誘えば二つ返事で来ると思うけれど?」
あの少女が殷雷の誘いを断るわけがない。少なくとも恵潤はそう思い、答える。
しかし殷雷は更に疲れた顔を横に振った。

「和穂が頷いたところで、そんなものは無理に決まっとるだろうが・・・何しろあいつの傍には『あれ』がいるからな」

「・・・ああ、『あれ』ね」
少し考えて、恵潤が苦笑する。
「・・・おう。『あれ』だ。絶対に和穂を外に出すわけがなかろう」
「それは言ってみないとわからないんじゃない?」
もしかしたら気が変わって許すかもしれない、と恵潤は言うが、殷雷の表情は晴れない。と言うより更に曇っていく。
「お前は三年前の『あれ』しか知らんからそんなことが言えるのだ」
その言葉の重要性がわからない恵潤は、殷雷が冗談を言っているのか迷う。
「たった三年でしょう?確か最後に会ったのはあの子たちが十二歳の時だったから・・・」
「十二と十五では雲泥の差だ」
「・・・武器の台詞とは思えないわね」
「お前もあいつらを見ればそう思う」
殷雷の台詞に何がこめられているのか、探ろうとしたが無理だった。
「つまりこの三年のうちに、和穂と程穫は随分と変わったということ?具体的にどう変わったのよ」
恵潤が直接問いただしてみると、殷雷はもう一度溜め息を吐いて。

「・・・まあ、色々だ」

お茶を濁されて、恵潤はとりあえず殷雷の眉間に一撃を食らわせた。
「平和ボケして『色々と』鈍ったみたいね。緊張感が足りないんじゃない?」
吹っ飛んで木の幹に衝突する殷雷を見送り、恵潤が淡々と呟いた。

結局、渋る殷雷を恵潤が引きずるような形で二人は双子宅へとやってきた。
「恵潤・・・今回はやけに強引だな。そんなに温泉へ行きたいのなら、お前が行けばいいだろうが」
「私が温泉に誘ってどうするの。十年も傍にいて、ちっとも進展しないあなたの手助けをしてあげようとしているのよ。観念して和穂と温泉に行ってらっしゃい」
「だ、だからそれは無理だと」
「程穫は埋めておけば大丈夫よ」
「・・・・・・どことなく深霜に似てきたのではないかと思うのは気のせいか?」
「気のせいじゃないかしら?」

汗ジトになる殷雷が玄関をいつものようにノックせず開いた。

「っ・・・・・!?」
「・・・・・」
そして、声もなく硬直する殷雷と、驚きに目を見開く恵潤。

二人の目の前には、上半身裸で和穂を抱き締める程穫の姿があった。

「頭かち割られたいんかお前はあぁあああぁあっ!!」
そう叫ぶより早く、程穫から和穂を引っぺがして後ろ回し蹴りを決めてから、和穂を玄関の外へ非難させる殷雷。
涙目になっている殷雷にお姫様抱っこされて、和穂はぱちぱちと目を瞬かせた。
「い、殷雷?どうしたの?」
「っどうしたもこうしたもあるか!!あの危険生物に触れるなと何度言えばわかるんだ!!」
「えと、危険生物って・・・」
「お前の外道兄貴に決まってるだろうが!!」
「あ、それはね。今日は暑いでしょう?それで『兄さんの手って私より冷たいから、触ると気持ちいいね』って話をしたら、『じゃあもっと涼しくしてやろう』って言われて」
「んな話をするな!つうか話すな!!」
目の前で怒鳴られ過ぎて、和穂はくらくらとしながらも何とか会話を続ける。それがずれていないとは言わないが。

「ええと、でも殷雷もひんやりしてて気持ちいいよね」

ぺと、と和穂の手が殷雷の頬に触れて、殷雷は見事なまでにかちんと硬直した。
「確かに、随分と変わったみたいね」
呟く恵潤の声は、もちろん殷雷の耳に入っていない。

「貴様・・・折角この俺が触れるとどれほど気持ちいいかを和穂に教えてやろうとしていたというのに、よくも邪魔してくれたな・・・」

殷雷の後ろ回し蹴りを食らって部屋の隅に倒れていた程穫は、ゆらりとどす黒いオーラを放ちつつ立ち上がった。
その殺気に気付いた殷雷は、硬直からなんとか立ち直って抱き上げていた和穂を下ろす。そして、庇うように和穂を己の後ろへ立たせた。
「邪魔するに決まってんだろうが!変態は黙ってろ!!」
「今度と言う今度は許さん。今日こそ貴様を殺してくれる」
「やれるもんならやってみやがれ・・・逆に殺してやろうか・・・!?」
そう言いつつも情に脆い殷雷が、本当に程穫を殺したりはしないだろうと、傍で見ていた恵潤は思いたかった。二人が放つ殺気だけを見れば、血みどろの殺し合いが始まってもおかしくはない状況だったのが。
とりあえず、殷雷が本気で程穫を殺そうとしたら止めなければ、と恵潤が心に決めたその時。

「喧嘩はだめだよ!!」

『・・・・・・・』
その声に、踏み出しかけていた二人の動きがぴたりと止まった。
殷雷は殺気すらなくして硬直しているが、程穫は更に不機嫌な顔になっている。
「・・・和穂」
妹を呼ぶ声もものすごく低い。
その原因を作っている本人は、全く気付くことなく殷雷の背中にしがみ付いたまま『なあに?』と返事をした。
和穂にしてみれば、兄に攻撃しようとしている殷雷を止めるべくその背に飛びついただけなのだが。
「なまくらから離れろ。金属臭が移る」
「?」
「金属臭言うな!!」
程穫の言葉に目を瞬かせる和穂。そして殷雷が意識を取り戻して抗議する。
「和穂」
「あ、ごめんなさい」
殷雷の背で首を傾げていた和穂は、程穫に再び声をかけられてやっと手を放した。

「何をしに来たのかは知らんが、今すぐに失せろ」

程穫に吐き捨てられ、今まで当初の目的を綺麗に忘れていた殷雷は、やっと温泉のことを思い出した。
そして、同伴者に目を向ける。その視線につられて、和穂もそちらへ顔を向けて。

「・・・恵潤、さん?」
「久しぶりね、和穂」

ぱ、と顔を綻ばせて、和穂は数年前までたまに遊んでくれた人の元へ駆けていった。
そんな少女の背を、むすっとした顔で見つめる視線に気付いたのは、恵潤だけだったりする。
「恵潤さん!お久しぶりです!」
「・・・あなたも色々大変そうね」
「・・・?あ、えと、そうなんです。いつもいつも殷雷と兄さんたら喧嘩ばっかりして」
それだけの意味で言ったのではないのだが、恵潤は苦笑して相槌を打つにとどめた。

「一本だけでも余計だというのに・・・」
「その『一本』と言うのは俺のことか」
「他に誰がいる」
にこにこと互いの近況を語り合う和穂と恵潤。そこから少し離れたところで、ぼそぼそと言い合いをする程穫と殷雷。先ほど和穂に止められた手前、殴り合いにはならなかった。

和穂がお茶を出していないことに気付いて炊事場に駆けていき、残された三人は卓に着いた。
やっと本題に入れると、恵潤が安堵の息を吐く。しかし殷雷の顔は相変わらず晴れなかった。
その理由を、恵潤は程穫に温泉の話題を振ってから痛感することになる。

「何があろうと絶対に許さん」

殷雷の予想通り、恵潤が温泉のことを話した途端程穫はそう言い放った。
「でも、和穂だってたまには外へ出かけたいんじゃないかしら」
「お前も和穂の身体が弱いことくらいは知っているだろう。温泉だかなんだか知らんが、そんなところへ和穂を連れて行くわけにはいかん」
断固拒否、の姿勢を貫く程穫。殷雷は諦めきった表情で遠くを見ている。恵潤は何故こんなにやる気のない友人のために頑張っているのだろう、と考えつつも、とりあえず奥の手を使ってみた。

「でもね程穫、そこの温泉は浸かるだけでどんな病も治すと言われているの。だめ元でも、行ってみる価値はあるんじゃないかしら?」

その言葉に、殷雷ががたりと立ち上がる。
「ほ、本当か恵潤!何故それを早く言わんのだ!!」
しかし程穫はぴくりと眉を上げただけであった。
「・・・その情報は誰から聞いた」
それでも否定の言葉以外が出たので、少しは進展があったのだろう。恵潤は前向きに考えて、口を開く。

「あなたもよく知っている人よ。人と言うか、仙人だけれどね」

「龍華か?」
殷雷の言葉に首を振る恵潤。
「となると護玄か。恵潤が護玄と会っていたとは知らなかった」
「たまたま街でね。それで程穫、行く気になった?」
程穫は、にやりと笑みすら浮かべて言い放った。

「たとえ殺されようとも、絶対に和穂は行かせん」

「・・・な、何でいきなりそこまで激しく拒否するのか教えてもらえないかしら」
程穫の変貌ぶりに着いて行けなくなった恵潤は、少し口元をひくつかせて尋ねる。
すると程穫は思い切り眉間に皺を寄せてぼそりと言った。
「あの狸の情報が信用できないと言うことは、この前嫌と言うほど思い知ったからだ」
「この前・・・?と言うと、お前が一人で街に出かけた時のことか?」
程穫が和穂を一人留守番させ、家を空けたのはつい先日のことである。
「ああ。『煎じて飲むだけでどんな病も治す薬草』が街にあるとあの爺がほざいてな。行ってみれば大嘘だったと言うオチだ。しかも帰ってから殴り込みに行ってみれば、『覚えがない』などとぬかしやがった」
「・・・護玄の奴、酔ってたんじゃないか?」
一度だけ、酔った護玄があることないこと和穂に吹き込んでは混乱させていた場面を見ていた殷雷が言う。
「一応、私がその話を聞いた時は酔っていなかったけれど。今度の話は本当じゃないかしら?」
しかし、恵潤の言葉にも程穫は鼻で笑うだけだった。余程護玄に騙されたことを恨んでいるらしい。

「誰が信用するか。とにかく、貴様らがいくら言おうと温泉には行かせんからな」

「・・・温泉?」

放心したようなその声に三人が視線を向けると、そこにはお茶とお茶菓子を載せたお盆を持った和穂がいた。
何の話をしているのだろうか、と和穂は不思議そうに首を傾げた。彼女が聞いたのは、兄の言った『温泉がどうの』と言う言葉のみ。

「かず」
どべんっ。

かなり重たい音を立てて、立ち上がりかけた殷雷の顔面に分厚い薬草学の書物がぶち当たった。
「・・・・っ!!」
「い、殷雷!?」
「大丈夫よ和穂。この程度じゃ死なないから」
声もなく突っ伏す殷雷をちらりと横目で見て、恵潤が笑顔で言い放つ。次いで本を卓の上に戻した程穫が、おろおろとしている和穂に向かって声をかけた。
「なあに?兄さん」
お茶を皆の前に置いて、和穂が兄の元へ歩み寄った。すると程穫は、和穂の身体を軽く引き寄せて。

「お前は、温泉に行きたいか?」

「・・・・え?」
「温泉に行きたいのかと聞いている」
ほとんど放心状態の和穂に、程穫は少しむっとして繰り返した。
「・・・・・い、行っても、いいの?」
「だめだと言ってほしいのか」
「・・・・・・・も、一緒?」
「?」
ぽそぽそと、消えるような声で和穂はもう一度繰り返した。

「・・・えと。兄さんも、一緒に来てくれるの・・・?」

「・・・・・お前が望むなら、共に湯にも浸かってやろうではないか」
くすりと、程穫が笑った。
「ほんと!?本当に一緒に温泉に行ってくれるの?」
「ああ。お前が構わないのなら、そのまま最後までやっても・・・」

「さっきまで温泉を否定しまくっていたお前はどこに行ったんだあぁあああ!!」

激痛から何とか立ち直った殷雷がやっと突っ込む。その顔には、くっきりと本の痕が残っていたりするが。
「恵潤!お前もすぐにこのシスコンを止めろ!!」
「いや・・・放っといたらどこまで突っ走る気なのか見てみたくなって、つい」
「つい、じゃねえ!!取り返しが付かなくなったらどうする気だ!!」
蒼白になって叫びつつ、ちょっと涙ぐんでいる殷雷だった。

「温泉は何色なのかなあ」
「お前は、何色がいいんだ」
「ええと、白いお湯に入ってみたいな」
そして殷雷が色々と疲労している間、双子はまだ見ぬ温泉について語り合っていたりする。
こうして、双子と殷雷と恵潤も共に、温泉へ行くことになった。恵潤曰く、『女湯に和穂一人で浸からせるのは危ないから』らしい。

「何が危ないんですか?」
「色々とよ、和穂。飢えた獣が多いからね、温泉は」
「熊とかがいるんですか?」
「あえて言うなら『狼』かしら」
「お、狼が出るんですか・・・!?」

頼むから、和穂にこれ以上余計なことを吹き込まないでくれと願わずにはいられない殷雷だった。

次の日の朝に出発するということにして、殷雷と恵潤は一旦それぞれの住処へ帰っていった。
その夜、顔を緩めっ放しにして着替えなどの荷物を鞄に詰め込む和穂へ、程穫が歩み寄る。
「随分と楽しそうだな。そんなに、この家を出られるのが嬉しいか」
すると和穂は、きょとんと目を瞬かせて程穫を見上げた。不機嫌そうな兄の顔を見つめ、それからにっこりと笑う。
「だって、兄さんと遠くに出かけるの、すごく久しぶりなんだもの。だから嬉しいの」
「・・・・・そうか」
「うん!あ・・・えと、兄さんは・・・私と出かけるの、嫌だった?」
そう尋ねてくる和穂は、先ほどとうって変わって悲しそうな顔をしていて。
「・・・嫌じゃない」
「本当?」
「ああ」
「本当に本当?」
「くどいぞ。本当に決まっているだろうが」
きっぱり程穫が言ってやると、やっと和穂は笑顔に戻った。

重苦しい空気の中、一同は搾り出すように息を吐いた。

彼らの視線が向かう先には、和穂が眠る寝台がある。
布団に包まり横たわる和穂の目元は、誰が見てもわかるほど赤く腫れていて。
その頬は上気し、薄く開かれた唇は苦しげに息継ぎをしている。

熱を出した和穂が眠りにつく直前まで、泣いていたのは誰の眼にも明らかだった。

早朝、双子宅にやってきた殷雷と恵潤に、ぽろぽろと涙を零しながら和穂は何度も『ごめんなさい』と擦れた声で言った。
そのせいで酷く咳き込んで。しかしそれでも謝ることをやめようとしない。なので、何とか和穂を黙らせようとした殷雷は、思わずいつもの調子で怒鳴りつけてしまい、恵潤に殴られたりもした。
その後、程穫が持ってきた『睡眠効果の高い熱冷まし』の薬を半ば無理やり和穂に飲ませると、彼女はすぐに眠りに落ちた。そして今に至る。

「帰れ」
涙で濡れた和穂の頬を指で拭い、程穫が言った。その声は、普段より低く、少し力なく聞こえた。
「和穂をこのまま放って、帰れるわけがないでしょ」
恵潤の言うとおりだと、殷雷が頷く。虚ろな目をした程穫は、和穂から視線をそらすこともなく、頬に触れた指を離すこともない。
「貴様らがいたところで、和穂の熱は下がらん。今すぐ失せろ」
「ってめえ・・・」
憤慨した殷雷を、恵潤が止めた。

「程穫。これ以上和穂に辛い思いをさせたくないのはわかるけれど、このまま私たちが帰ったら、和穂はもっと辛いんじゃないかしら?」

とてつもなく重い程穫の視線が、どろりと恵潤を突き刺す。殷雷は、訳がわからず訝しげな顔をして恵潤を見やった。
「程穫一人で、和穂を慰めるのは無理だと言いたいの。わかる?」
「・・・よくわからん」
そう言って首を傾げる殷雷とは対照的に、程穫は今にも殴りかかりそうな勢いで恵潤を睨みつけている。
「和穂が起きたら、泣かせる前に『気にするな』と言ってあげましょうってこと。間違ってもからかおうなんて思わないでよ、殷雷」
「あ、当たり前だろうが」
恵潤に釘を刺されて、殷雷が苦々しく言い返した。

「・・・・・尋ねたいことがあるのだが、言ってもいいか?」
「いいわよ」

「一体、いつになったら和穂は起きるんだ・・・!?」

和穂の寝台の傍で待ち続けること十時間、とうとう殷雷が痺れを切らした。
「さあね。程穫にでも聞いてみたら?」
温くなった手拭いを濡らし直し、汗で濡れた和穂の首を拭いている程穫は、二人のやり取りを聞いていないかのごとく無視し続けていたりする。
「程穫よ・・・お前、どれだけ強い薬を飲ませたんだ?まさか明日になっても起きないんじゃないだろうな?」
その言葉に、やっと程穫は嫌々と言った感じで、ぼそりと言葉を返した。

「だから言っただろうが。『帰れ』と」

「和穂が半日起きないなら起きないと、始めに言いやがれ!!」
叫んで立ち上がった殷雷の鳩尾に、恵潤の拳が入る。
「和穂が寝てるんだから、静かにしなさい」
「っ・・・・・恵潤・・・暫く見ないうちに・・・性格が、変わったような気が、するのだが・・・気のせいか・・・?」
「気のせいよ」
呻きながら腹を押さえて蹲る殷雷に、恵潤は声を抑えてそう言った。

早朝から、夕方にかけてたっぷり眠った和穂は、目を覚ます頃には微熱程度にまで治っていた。
まだはっきりとしない意識の中、それでも涙ぐんで何か言いかけた和穂の唇に、程穫の手が触れる。
「何も言うな」
「そうよ和穂。まだ熱も下がりきってないようだし。無理はしないことね」
程穫の台詞が終わると同時に、恵潤が続けて口を挟む。
「あー・・・その、つまりだな」
更に殷雷が何やら言おうとするが、歯切れの悪い物言いに、和穂の目がますます辛そうに揺らぐ。

「・・・とっとと治して、温泉に行くぞ」

殷雷の言葉に、泣きそうな顔で笑みを浮かべながら、和穂は小さく頷いた。