森林

そこは木が多い場所だった。だから森と言うのだと、幼い和穂は知っていた。
彼女の背丈より何倍も高い木々が、囲むように茂っている。
一人でいれば、怖くてたまらなかっただろう。だが、今は一人ではない。だから怖くない。
しっかりと握られた自分の手を見て、和穂はにっこりと笑った。
「どうした?」
へらりと頬を緩めた和穂を見て、程穫が足を止める。一拍遅れて、手を繋いでいた和穂も兄にぶつかるようにして止まった。
「えと、てーかくとね、いっしょだからね、うれしいって思ったの」
幼い双子にとっては、結構な距離を歩いていたため、和穂の息は少し上がっている。
程穫は顔を隠すように少し俯いた。照れる自分を見せるのが恥ずかしいからだと、もちろん和穂は気付かない。
「・・・もうすこしだ」
「うん!」
双子は再び森の中を歩き出した。

今朝、食事が終わるなり「森に行くぞ」とだけ程穫は言った。
和穂は、間を置くこともなく頷いて、双子の兄の手を取った。
どこへ行くのだろうか、何をする気なのだろうか、そう言った事は思い浮かばなかった。
彼女が幼く、思慮が浅いと言う理由だけではない。
兄がやると言ったことを、遮ると言う選択肢は、始めから和穂の中になかった。

森の中を、双子は歩く。
程穫が少し先を行き、しっかりと繋いだ和穂の手を引く。
少し進んでは、振り返って妹の様子を伺った。
その度に、和穂は兄に向かって微笑む。
互いに支え合いながら、二人は少しずつ先へ進む。

「あっ」

それはとても小さく、掠れるような声だった。
しかし、程穫はすぐに足を止めて振り返った。
「どうした」
声をかけ、和穂の答えを待ちながら様子を窺う。
大きな黒い瞳が、いつも以上に見開かれ、脇の方へと向けられていた。何か気になるものがあったらしい。
怪我ではないことに安堵し、程穫も同じ方向へ視線を向ける。
そこには、薄い紅色をした石が落ちていた。程穫はその石を拾って和穂に渡す。
ぱ、と和穂の表情が明るくなる。石ころをもらって何がそんなに嬉しいのか、程穫には全く理解できなかった。だが、和穂の喜ぶ顔を見られたので満足していた。
だが、すぐに和穂の表情は曇る。
その理由もわからなくて、程穫は訝しげな顔をした。
「どうした」
何か不満なことでもあったのかと思い、石に視線を向ける。だが、石は和穂の手にしっかりと握られていて、見ることはできなかった。
和穂は暫く俯いていたが、申し訳なさそうにそろそろと顔を上げた。

「・・・ごめんなさい。わがまま、いって」

どうしてそう思うのかも、程穫にはわからない。
「なにが、わがままなんだ?」
程穫の声が硬くなった。片割れの気持ちが理解できないことに対する苛立ちだと、幼い彼にはわからない。それが更に程穫を不機嫌にさせる。
「てーかくの、じゃま、しちゃったから・・・」
兄がしたいことを遮ってしまったと、彼女は落ち込んでいるのだった。
和穂の気持ちを知って、程穫は少しだけ気持ちが楽になる。
「じゃまは、されてない」
「でも」
「いし、ほしくなかったのか?」
そんなことはないと、和穂は何度も首を横に振った。大きく振り過ぎて乱れた黒髪を、程穫は慣れた手付きで直してやる。
「・・・ありがとう」
「なにが?」
「かみをなおしてくれたのと・・・いしを、ひろってくれたの」
和穂は申し訳なさそうな表情を残しながら、へらりと笑った。

双子の手のひら大程度の石が四つ、土がむき出しになっている地面に重ねられていた。石を置いた人間以外には、見向きもされないだろう。
その奥にある茂みに分け入り、先へと進む。
和穂に枝葉があたらないように、程穫は慎重に進んだ。

視界が開け、眩しさに和穂は目を細める。

「ついたぞ」
「・・・わぁっ」
驚きの声を上げる和穂の目の前には、たくさんの木苺。
大好物を目の前に、和穂は声を上げたまま動かなくなった。
「・・・かずほ?」
珍しく彼の予想を裏切る反応をした妹を前に、程穫も軽くうろたえる。
和穂を固まらせるために連れてきたのではない。
喜んでほしかったから。
先ほどの石も、和穂が喜ぶと思ったから拾ったのだ。

暫くして気を取り戻した和穂は、木苺を取っては、口に運ぶ動作を繰り返していた。
「・・・かずほ、もうやめておけ」
食べ過ぎでお腹を壊すのではないかと、程穫が止めに入る。
始めは和穂の仕草を満足げに見ていた彼だったが、ここまで食べ続けられると心配になってきた。
何故止められたのかわからないと言った様子で、きょとんとする和穂。だが、素直に従う。
「うまかったか?」
「うん!とってもおいしかったよ!ありがとう、てーかく!」
余程嬉しかったのだろう、興奮気味の和穂に、程穫は少し困ったような、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「かえるぞ」
「うん!」
そして双子は、また手を繋いで森を歩く。

帰宅後、双子がいなくなったと大騒ぎしていた殷雷や龍華に散々叱られるのだが、それはまた別の話。