看病

こういう時、自分が人ではなくてよかったと思う。
目の前には、林檎のように頬を赤くした和穂が寝台に横たわっている。羞恥によるものではなく、風邪で熱があるためだ。
昨夜はだいぶ冷え込んだため、ある程度の覚悟はしていたが、やはり和穂は体調を崩していた。幼い頃から身体の弱い彼女は、寒い日によく寝込んでいる。
普通の人間であれば、風邪がうつると言われ遠ざけられるが、武器である殷雷にその理屈は当てはまらない。そのため彼は気にせず、寝台の横に座っていることができる。だがたとえ殷雷が人間だったとしても、和穂が病に苦しんでいるのであれば、うつることなど気にも留めず駆けつけただろう。
濡らした手拭いを絞って、和穂の額に乗せた。いつもならこれは程穫の役目だが、今回はそうもいかない。

何故なら、その程穫も和穂の隣で寝込んでいるからだ。

もう一つの手拭いを絞り、程穫の額に乗せてやった。薄く目を開けている程穫は、大変不機嫌そうな顔をしているが文句は言わない。何故なら喉をやられて声がでないからだ。普段の彼なら、たとえ風邪でも今すぐ失せろ程度のことは言うだろう。その片目は虚ろで、いつもの覇気は欠片もなかった。程穫にとって、妹の看病ができない状態と言うのは、とてつもなく具合が悪いのだろう。ある程度の不調であれば、無視して和穂の看病を優先しているはずだ。
手拭いを乗せた時に気が付いたのか、和穂がうっすらと目を開けて殷雷を見ていた。こちらも瞳に力がなく、視線がふらふらとおぼつかない。見つめられた殷雷は、いつもの癖でどんな軽口を叩こうか考える。しかし、弱っている和穂に余計なことをさせない方がよいと思い直して、違うことを言う。
「リンゴは食えるか?」
和穂が僅かに微笑んだのを確認して、森から持ってきたリンゴと炊事場から借りた包丁を手に取った。しゃりしゃりと小気味よいリズムが寝室に響く。流石に刀だけあって、刃物の扱いには長けている。
殷雷はあっという間にリンゴの皮を剥き、八等分に切り分けた。一つ摘んで、和穂の口元に持っていく。重そうに口を開け、小さくかじり付く和穂。時間はかかるが、飲み込むとすぐにまた口を開くので、嫌々食べている訳ではないらしい。
「お前はどうする?」
空いた手で、程穫の口元にもリンゴを向ける殷雷。程穫は更に不快そうな顔をしながらも、のろのろと手を出してリンゴを摘んだ。こちらも小さくかじりながらリンゴを食べ始める。二人とも高熱で思うように身体が動かないのだろう。
暫くすると、リンゴを食べ終えた和穂が、じっと殷雷の手を見ていた。何を言いたいのか、推測する殷雷。
「もう一つ食べるか?」
尋ねると、和穂の視線がゆらゆらと動いた。今の和穂も喉を痛めているため、声は出せない。それが肯定なのか、否定なのか、暫し迷う。

殷雷が判断する前に、和穂の口元へリンゴが押し付けられた。

自分が食べて半分ほどになったリンゴを、程穫が和穂に差し出している。口元にあたるひやりとした感覚に、ぱちりぱちりと目を瞬かせる和穂。程穫はじっとその顔を見やる。へらりと頬を緩めて、和穂が口を開けた。
双子の間でどのような意思疎通が行われたのか、殷雷は推測するしかない。恐らく和穂は、もう少しだけリンゴを食べたかったのだろう。一つでは多いと、殷雷に伝えたかったのだろう。それを察した程穫が、食べかけのリンゴを「もういらない」とでも言って和穂にやったのだろう。
双子に正解を聞くことができないため、すっきりしない気持ちを抱える殷雷。ふと、刀の姿に戻って尋ねればいいではないか、と言う考えが過ぎる。しかしすぐにその考えは却下された。病人に対してそのようなことを許す彼ではない。
リンゴを間に見つめ合う双子が、声を出さずに何を話し合っているのか、暫くもやもやとさせられる殷雷だった。