吐息

和穂がちらちらとこちらの様子を窺っていることに気付いた程穫は、読んでいた本を閉じて顔を上げた。振り向くと、目を見開いて硬直している和穂と視線が合う。声をかけていないのに、程穫が振り返ったので驚いたのだろう。
「どうした、和穂」
程穫の方から声をかけると、和穂は困ったように視線をさ迷わせて、口を開けたり閉じたりした。先ほど、様子を窺いつつも声をかけてこなかったのは、何と言うか迷っていたからだったらしい。こちらも声をかけるのを我慢してやればよかったと反省しつつ、隣の椅子を引いて和穂を招き寄せた。まだ言葉に迷っている和穂が、のろのろと椅子へ腰かける。
和穂が沈黙に耐え切れなくなる前に、程穫が口を開いた。
「言いたいことがまとまったら話せ」
妹にしか見せない柔らかい表情で、ぽんぽんと和穂の頭を撫でる。始めは驚いたような顔をしていた和穂が、嬉しそうに笑って頷いた。
和穂の話が始まるまで、本でも読むかと手を伸ばす。しかし、和穂の手によって引かれた袖が邪魔をして、本を掴むことはできなかった。
「和穂・・・?」
彼女が程穫の行動を遮ると言うのは珍しい。袖を掴み、椅子から身を乗り出した和穂は更に程穫へと身体を寄せた。このまま抱き締められるのだろうかと彼は考えたが、その後は和穂の吐息が程穫の耳を揺らすだけに終わった。耳元にかけられた息から、片割れの言葉を感じ取る。
「・・・声が出ないのか」
幾分の落胆を含んだ程穫の言葉に、和穂は申し訳なさそうな顔をしてこくりと頷いた。よく体調を崩す自分にがっかりしているのだと、和穂は思っているのだろう。その考えは全く見当違いなものだったが、わざわざ訂正してやるつもりはなかった。

お前に抱き締められるのかと思ったと言ったら、彼女は一体どうするのだろうか。

和穂の額に唇を押し付け、熱を看る。口を開けさせて、喉の様子を窺う。
「声だけか」
熱は高くない。咳も出ていないようだ。程穫の問いに、和穂は再びこくりと頷く。
「・・・喉に効く薬草を煎じてくる。先に行って寝ていろ」
「・・・・・」
和穂の唇が僅かに開き、何事かを程穫へ伝えようとした。今度は距離があり過ぎて、彼女の吐息が感じ取れない。それでも申し訳なさそうな表情で、和穂の言いたいことは理解できた。しかし、わからない振りをする。
「一人で寝室に行けないなら、連れて行ってやろう」
見当違いなことをわざわざ口に出して、きょとんとしている和穂を横抱きにした。視界の急転した和穂が目を見開いて暴れる。和穂の首元に顔を埋めると、兄の頭を気遣って大人しくなった。苦笑しながら顔を上げると、困惑した妹の表情が目に入る。何故、程穫がそんな顔をしているのかわからないのだろう。
「もし俺以外の奴に同じことをされたら、思い切り頭を殴れ」
「・・・・・?」
不思議そうな顔をされたが、程穫が理由を説明することはなかった。