虫刺
殷雷が双子宅へ行くのはいつものことである。出迎えた和穂に手土産の木苺を渡すと、彼女は跳び上がるようにして喜んだ。
普段であれば気恥ずかしさを紛らわすために悪態の一つでも吐くのだが、今回はそれよりも気になることがあったので、彼の口は大人しい。
殷雷の視線は、ぷくりと赤い膨らみができた和穂の右頬に注がれていた。
「虫に刺されたのか?」
「うん。いつの間にか刺されてた。今、兄さんが塗り薬を作ってくれてるの」
「掻くな」
指摘されて気になったのか、頬を掻きだした和穂の腕を掴んで止める。
「気を抜くとつい・・・」
和穂が気恥ずかしそうにへらりと笑う。恐らく兄からも同じ指摘を受けたのだろう。恐らく一度や二度ではないはずだ。
「兄さんにも我慢しろって言われたんだけど、中々これが難しくて」
「お前の売りは意思の強さだろう。虫刺され程度に負けてどうする」
「そ、そう?えと、頑張ります」
とは言ったものの、殷雷と話をしているとまた気が緩んで頬に手をやる和穂。再度その手を掴んだところで、程穫が殺気と共にやってきた。
「和穂の自由を奪って何をするつもりだ」
「お前もさっきまで同じことをしてたんだろうが!」
「発情するなら和穂以外の奴にしろ」
「お前のとんでもない欲望を遠回しに暴露するなぁ!虫刺されの話だ!」
「早く失せろ。薬を塗る邪魔だ」
相変わらずの口調に、いまだ受け流す忍耐強さを持たない殷雷は、こめかみをひきつらせながら言い返す。
「過保護過ぎるんだよお前は。虫刺されなんざ、舐めときゃ治る」
程穫の目が暗い炎を宿した。
・・・ような気がしたのは殷雷の考え過ぎだろうか。
「そうだな。俺が過保護過ぎたようだ」
あっさりと殷雷の指摘を認め、塗り薬を卓に置く程穫。
「今回はばかりは大人しく貴様の言い分を認めてやろう」
言いながら、和穂に歩み寄り両手を捕らえる。
殷雷が己の失言に気付くのと、程穫の舌先が和穂の頬に触れるのはどちらが早かっただろうか。
「ふひゃ・・・っ」
驚いた和穂が小さく肩を震わせる。
「・・・嫌か?」
「ううん、嫌じゃないよ。ちょっと、くすぐったいけど」
程穫はそうかと呟いて、僅かに目を細めた。
「たまには年長者の言うことも聞いてやらないとな」
「だったら普段から聞いておけぇええい!!」
衝撃的光景から何とか気力を振り絞り立ち直った殷雷が、捻った拳を繰り出しながら吠える。脇腹に攻撃を受けた程穫が、綺麗に回転しながら吹っ飛んでいった。
「う、うぅあぅ、うぶぶぁう」
「うるせい!変態はそこに転がしとけ!」
ぐわしぐわしと殷雷の袖で頬を拭かれていたため、和穂の台詞は全く意味を成していなかった。それでも長年の付き合いからか、殷雷には彼女の言っていることがわかったようだ。
その後、あまりにも殷雷が強く拭いたため、和穂の頬はますます赤くなってしまい、結局程穫が薬を塗るはめになったのだった。