人寂

和穂が何か聞きたがっていることに、程穫は随分前から気付いていた。
しかし、すぐにその内容について問いただすことはしなかった。無理に聞こうとして、遠慮した和穂が言うのをやめてしまっては意味がない。場合によっては無理やり聞き出すこともするが、彼女の様子を見て今回はその必要はないと感じた。
だから程穫は待つことにした。彼女が自分から言い出すことを。

和穂がやっと決心したのは、夕飯も終わろうかと言う時のことだった。

「あ、あの、ちょっと聞いてもいい?」
「何だ」
できる限り優しく返事をする程穫。和穂が遠慮しないように配慮した上での行為だった。彼がここまで気を回すのは、和穂だけである。
兄の柔らかい笑みに、少し安堵した様な表情を浮かべて和穂は尋ねた。

「あのね・・・兄さんは、寂しいって思ったこと、ある?」

予想外の内容に、程穫はぱちりと目を瞬かせた。
「何故、そんなことを聞く?」
「えと、今日、殷雷と深霜が来たでしょう。兄さんが帰ってくる前にね、話していたの。兄さんは寂しいって思ったことないんじゃないかって。でも、私が気付いていないだけかもしれないから、だから、気になって」
「和穂」
焦りのためか、口早になる和穂を呼んで、その言葉を遮る。また不安げな様子に戻ってしまった彼女を見つめ、程穫は言い聞かせるようにゆっくりと話した。
「まずは、食事と片付けを終わらせる。話はそれからだ」
「え・・・どうして?」
「話の途中で逃げられないようにするためだ」
「に、逃げたりなんてしないよう」
「お前にそのつもりがなくても、早合点して勝手に話を切り上げられるかもしれないからな」
そう言うと、最後の一口を箸で運んで咀嚼する程穫。和穂も汁物を飲み干し、二人で片付けをする。その間も和穂は落ち着かない様子だった。兄が何を言うつもりなのか、気になって仕方ないのだろう。対する程穫はいつも通り落ち着いていた。

片付けが終わり、再び卓につく二人。
和穂は緊張した面持ちで座っている。その様子を見て、このまま話してもいいものか程穫は暫し悩む。本心を伝えても、彼女は気を使っているだけだと受け取りかねない。誤解したまま、話を終わらせて部屋へ駆け込んでしまうかもしれない。
「に、兄さん?」
和穂の元へ歩み寄った程穫は、その手を取り立ち上がらせた。空いた椅子へ自分が腰かけ、膝の上に和穂を座らせる。
「どうしたの・・・?」
「お前に触れたくなっただけだ。この方が話もしやすい」
「でも、重くて大変でしょう?」
「別に重くないが、お前が気になるなら寝台で抱き合うか」
「兄さんが楽なら寝台でもいいよ」
真面目に返してくる和穂の言葉に、程穫は小さな笑みを返した。
「・・・お前にそうやって気を使われると、少し寂しくなる」
心細さを感じさせる兄の表情に、和穂が目を見開く。
「距離をおかれている気がして、寂しい」
「で、でも、私いつも兄さんに迷惑かけて・・・」
「お前は、俺が迷惑がっていると思ったことがあるのか?」
和穂がふるふると頭を横に振った。双子だからか、お互いの感情は大抵わかる。
だが、和穂の表情は晴れない。
「でも、心配になるの。私は兄さんの重荷になってるんじゃないかって。いつか、兄さんはそれが嫌になるんじゃないかって」
だから気を使ってしまう。少しでも嫌がられないように。迷惑だと思われないように。
珍しく程穫が困ったように笑う。和穂がそんなことを考えているとは、思いもしなかった。
「俺はお前を重荷だと思うことは絶対にない。お前がそうやって自分を責めることの方が嫌だ」
「兄さん・・・」
「お前には、無理をさせたくない。辛い思いもさせたくない。だから、お前は俺に気を使わなくていいし、好きなだけ我がままを言っていい」
揺らいでいた和穂の瞳から、とうとう涙が溢れた。頬を伝う滴を指で拭い、程穫が自嘲気味に微笑む。
「言った傍から、また泣かせてしまったな」
「ち、違うよ・・・っ。これは、嬉しくて、泣いたの」
「それだけじゃない。俺にそんなことを言わせて申し訳ないと思っただろう。また、気を使わせた」
「ご、ごめんなさい・・・」
「謝った時点で気を使ったことになるんだが」
「うぅ・・・」
何を言えばいいかわからなくなってしまった和穂は、困ったように視線を伏せた。そわそわと足を動かすが、立ち上がろうとしたところで程穫の腕がそれを封じる。
やはり本心を伝えただけではだめだった。彼女が逃げ出さないように膝の上に座らせた効果はあったようだが。

暫しの沈黙の後、和穂が俯いたまま口を開いた。
「あ、あのね・・・」
「どうした?」
「申し訳ないって思ったのも本当だけど、嬉しいって思ったのも本当だよ。とっても、とっても嬉しいって思ったよ」
程穫が目を見開いていることに、下を向いた彼女は気付かない。
「兄さんがきちんと考えて、答えてくれて嬉しかった。私が傷つかないように、気遣ってくれて嬉しかった」
程穫は、気を使われて寂しいと言った。しかし和穂は、気を使われて嬉しいと言う。申し訳ないとも思っているようだが。双子なのに、何故このような違いが出るのだろう。
「・・・俺も、お前の気遣いが嬉しいと思えるようになればいいのにな」
「私のは、兄さんに嫌われたくないって言う、ただの我がままだから。兄さんは私のためを思って気を使ってくれるから、嬉しいって思うんだよ」
「俺のも、ただの我がままだ。・・・お前が俺と共にいたくなるように、仕向けているだけだ」
和穂がきょとんとした顔で程穫へ振り返った。程穫はどこか心細いような表情を浮かべている。
思い切って、寂しくなることがあるか聞いてみてよかったと和穂は思った。聞かなければ、兄の思っていることはわからなかっただろう。
「それでも私は嬉しいよ。一緒にいたいと思ってくれて。私のことをいつも気遣ってくれて」
「和穂・・・」
「私も兄さんと一緒にいたい。だから嫌われないように、嫌な思いをさせないようにしなきゃって思うの。でもそれが兄さんに寂しい思いをさせていたんだね」
「いや、俺がお前を理解できていなかっただけだ。お前が俺を気遣う意味がわかって、安心した」
小さく呟いた程穫が、和穂の身体を抱き締め首元に顔を埋める。程穫の表情は見えなくなってしまったが、兄が喜んでいるのだと言うことは感じ取れた。
「これからはちゃんと言うね。兄さんに嫌われたくないって。だから嫌な思いをさせてないか心配だって」
「俺も言う・・・」
「うん!双子でも、言わないと伝わらないこともあるからね」
「和穂・・・」
「何?」
「・・・いや、いい」
「ええっ、言ってくれないとわからないよう!」