待止
「見てる・・・すごいこっち見てる・・・」
震える声で繰り返す静嵐。彼がぐいぐいと腕を引いてくるので、深霜は乱暴にそれを振り払う。
「たまたま顔がこっちを向いただけでしょ。これだけ離れてるんだから、気付かれるはずはない」
「でも、さっきからずっと僕たちの方を睨んでるんだよ・・・!」
「たまたまその方向に素敵な草でも見つけたのよ」
「なら睨んでないで、さっさと採ればいいじゃないか」
「うるさいわね。あんたは黙って程穫を見張ってればいいのよ。動かないなら好都合じゃない」
「うう、絶対気付かれてるよう。怖いよう」
「人間の子供相手に刀が怯えるな」
深霜は今いる木の上から静嵐を叩き落としてやりたいと思ったが、それを何とか堪えた。まだ人手を減らす訳にはいかない。
「ねえ、そろそろ交代しない?僕が殷雷を見張るから、深霜は程穫を見張ってよ」
「二人とも見張ってるんだから、交代なんてする意味ないじゃない」
「僕としては大有りだよ。精神的に休まるから」
互いに振り返らず言葉を交わす。深霜は今度こそ静嵐をどつき落とすべく拳を振り上げたが、その腕が振るわれることはなかった。
「・・・もう殷雷の見張りは必要ない」
「あ、和穂が来たんだね。じゃあ程穫の見張りもやめていい?」
「そっちはむしろこれからが本番でしょ。無駄口叩いてないでしっかり見張りなさいよ」
「うう、途中で代わってよ。まだ睨まれっぱなしなんだから」
冷たい瞳の深霜が口を開く前に、下から声がかけられる。
「お待たせ」
「恵潤!」
「しっかり見張れと言ったばかりでしょ」
彼らがいる木を軽々と上ってくる恵潤。静嵐が喜色に満ちた笑みを浮かべ、深霜に頭を叩かれる。
「殷雷のところまで一緒に行かなかったのね」
恵潤が二人のいる枝まで来てから、深霜が言う。
「うん。早めに別れて和穂だけ行かせた。私まで行くと、殷雷が気を使うと思って」
「あー、絶対気にしまくるね。変な意地張って後でますます落ち込むね」
静嵐の読みに、深く同意する二人だった。
「程穫の方はどう?まだ気付かれていない?」
「見張りがショボ過ぎて怪しんでるみたいね」
「う・・・し、深霜と話してたせいで気付かれたのかもしれないじゃかいか」
「あたしが見張ってた殷雷には気付かれてないじゃない。あんたが動揺し過ぎなのよ」
「うう・・・だってすごい睨んでくるんだよう・・・」
「まあ、和穂がらみだから、程穫には気付かれてもおかしくないかもね」
いじける静嵐を慰める恵潤。深霜は更に罵りの言葉を口にしようとしたが、それよりも緊急な事態が起きたのでやめる。
「動き出した」
「程穫が?本当に気付かれたの?」
彼らの視線の先には、警戒の気配を纏ったままこちらへと向かってくる程穫の姿。
「ここ、こっちに来てるよう・・・!」
「どうかしら。殷雷たちの方を目指しているのかも」
戦慄する静嵐に、恵潤が言う。
「どちらにせよここで止める」
小さく呟いた深霜は音も立てずに枝から飛び降りた。
「あら程穫。こんなとこで会うなんて奇遇ね」
「・・・・・」
「挨拶くらいしなさいよ」
「痛っ!け、蹴らないでよ深霜」
深霜の言葉を無視して通り過ぎようとした程穫の前に、腰を蹴られた静嵐が立ち塞がる。
「・・・・・」
「や、やあ程穫。よかったらここで僕たちと楽しく日向ぼっこでもしないかい?い、嫌だったらいいんです無理にとは言いませんすみません」
「もう少し粘りなさいよ・・・」
ささっと恵潤の後ろに隠れる静嵐に、深霜が呆れた視線を向ける。長身の男を背後に匿ったまま、恵潤が程穫に話しかけた。
「和穂は殷雷のところにいる」
「け、恵潤!?」
「何ばらしてんのよ!」
驚きの声を上げたのは刀二人だけだった。程穫はじっと彼女を睨み付けたまま何も言わない。
「ちょっと二人で話をさせたいだけなの。すぐに和穂は帰すから、あなたも先に帰っていてくれないかしら」
「・・・それで俺が軽々しく頷くとでも思っているのか」
「ま、頷いてくれたらいいとは思っているけどね」
「お前らが何をしようと、俺には関係ない。俺が何をしようと、お前らには関係ない」
そう言って一歩踏み出す程穫。恵潤が苦笑し、静嵐が顔を引きつらせ、深霜はにやりと口元を上げる。
「じゃあ、あたしたちも好き勝手させてもらうわよ。刀三本相手にどこまで抵抗できるか見せてもらおうじゃない」
「・・・・・」
程穫は薬草の入った籠を置き、殺気立った目で三人を睨みつけた。
□■□
「お、お前ら・・・!?」
深霜が双子宅の扉を開けると、やたらと慌てた殷雷が椅子から立ち上がって叫んだ。またもやこちらの気配に気付かないほど浮かれていたようだ。
彼の対面に座っていた和穂は、驚きに目を見開いて静嵐へと駆け寄ってきた。実際には、彼の背に担がれた程穫の元へ。
「兄さん!?」
「あ、えと、程穫は気絶してるけど大丈夫だよ。大した怪我はしてないし」
深霜と恵潤はうろたえる殷雷を見ながらにやにやと口元を緩めている。含んだような笑みが、更に殷雷を動揺させた。
「か、和穂が恵潤の名前を出していたが、恵潤だけじゃなかったのか・・・!」
「私は深霜から聞いたの。あなたがとても落ち込んでいるって。それで皆で励まそうって話になったのよ。その様子だと、もう平気みたいね」
「うぐっ・・・」
恥ずかしいやら気まずいやらで、声を詰まらせる殷雷。
「ものすごい落ち込みようだったから心配したのよ。でも元気になったみたいでよかったわ」
「し、深霜・・・」
彼女の意外な言葉に、目を見開いて驚く殷雷。普段は憎まれ口ばかりだが、これほど気をかけてくれていたとは。思わず彼の涙腺が緩む。
「僕も深霜から殷雷のこと聞いてびっくりしたよ。普通では口に出せないような恥ずかしい言葉を呟きながら床をじたばた転げ回っていたところを、うっかり深霜に見られたんだって?それは深く落ち込んでも仕方ないよね」
静嵐の言葉に殷雷の表情が固まる。やっぱりか、と心の奥底が呟いた。
「おい深霜!嘘を言うな!」
「どこが嘘なのよ。この前ここで、恥ずかしいことを口走って転げ回ってたじゃない」
「全部ひとまとめにするな!恥ずかしいことを口走りながら転げ回るってどんな変態だよ!?」
実際は恥ずかしいことを口走っていたところを見られたから、床を転げ回ったのだ。それでも十分恥ずかしいことだが、この差を聞き流すことはできない。
「大丈夫よ。殷雷がどれだけ変態でも、私たちはあなたの味方だから」
「その言い方が既に喧嘩売ってんだろうが!!」
叫びながらも、また落ち込みそうになる殷雷だった。