飾紐

自室の隅に落ちていたそれを身をかがめて拾い、程穫は隻眼を瞬かせた。はて、これは一体いつここに現れたのか?
彼の指につまみ上げられたのは、深い紺色の飾り紐だった。しかしそれは女性が使うにしては、長さが足りない。

己の記憶を掘り起こし、それらしきものを見つけ出す。そう言えば以前、和穂に新しい飾り布を買ってやったときに店主からおまけだと押し付けられたのだ。しかしそれは和穂の髪には寸足らずで、あげても意味がないと彼はその時判断した。女性の髪に使えないからこそ、店主もおまけとして厄介払いしようとしたのかもしれない。しかし程穫はそんなもの不要だと言う時間すら惜しいほど早く帰りたかったので、無言で受け取り家に向かったのである。そしてそのまま存在を忘れていた。帰宅したときの身支度で落としたのだろう。

飾り紐を捨てようと身体を起こし、ふと考える。

和穂なら、この飾り紐の使い道を思いつくのではないか?髪だけではなく、衣に結ぶこともあるとかないとか聞いたような気もする。着飾ることのない彼にその辺りの知識はほぼなかったが、妹はそうではないかもしれない。家にくる女性陣とそう言う話をしている可能性もある。

と、言うことでその飾り紐を和穂へ見せてみることにしたのだった。

「わあ、綺麗な色だね」
黒い瞳を輝かせて言う和穂。その表情が見れただけでも、飾り紐を捨てなくてよかったと思う。
「確かにこの長さだと、ちょっと足りないかも」
そう言いつつも、和穂はいつもの赤い飾り布を解いて髪を下ろす。試しに結ってみようとしているのか。
彼女が龍華から飾り紐の結び方を教わっているところを見たのはずいぶん前のことだった。しかも普段は簡単に布でくくっているだけである。たどたどしい手つきで、見た目もあまり上手いとは言えないが、それでも何とか紐の終わりまで結うことができた。

「へへ、何とかできた。どうかな?」
「やっぱり短いな・・・でも、似合っている」

目立たない紺色がひっそりと絡む髪に触れ、思ったことを呟いた。いつもの赤もいいが、落ち着いた色もいい。そして恐らく、どんな色でも自分は同じことを言うのだろう。何より自分が贈ったものを、嬉しそうに身に着けてくれることがくすぐったくて心地よい。
和穂はただでさえ機嫌のよかった顔を、さらに紅潮させて喜んだ。あまり興奮すると、熱を出すのではないかと心配になる。
「これからはこの飾り紐にしようかな」
「これだといつものように髪をまとめられないから、動きにくいんじゃないのか?」
「う、そうだね・・・でもせっかく兄さんがくれたのに・・・しかもほめてくれたのになあ」
「いつものお前も好きだ」
「ふぇっ!?」
「赤もいい、と思う」
「あ・・・えへへ、ありがとう兄さん。嬉しいよう」
はにかむ和穂が、少し名残惜しそうに飾り紐を解いた。今度街に行ったら、もっと長い飾り紐を買ってもいいかもしれない。そんなことを程穫が考えていると。

「そうだ!兄さんの髪なら十分足りる長さだよね」

「は?」
「ちょっと伸びてきたから、結べるんじゃないかな」
思わず聞き返す程穫に、和穂は答えることなく手を伸ばしてくる。先ほど飾り紐を見せた時と同じくらい、いやそれ以上に嬉しそうなのは気のせいか。
彼女の細い指が己の髪を滑るように梳き、耳に触れたものだから、思わず息が詰まった。これは少々不味い。
「俺がそんなものつけて・・・」
和穂の手首をつかんで口を開くが、期待に満ちた目を向けられて最後まで言葉が出てこなかった。
「結んでもいい?」
「・・・・・」
結局、無言で頷きその手を放す。自分は押しに弱い性格ではなかったはずだと思いつつ。

和穂が真剣な顔で程穫の髪に飾り紐を結わえていく。その手が、たまに近くで感じる吐息が、彼の意識をそわそわと乱した。それは嫌なものではなく、けれど少し焦りもする。ずっと続いてほしいような、早く終わってもほしいような。不思議な感覚だった。

「・・・こんな感じかな。ちょっと余ってるけど、気になる?」
短い飾り紐は、すぐに結び終わった。邪魔にならないようにと言う配慮だろうか、頭の右後ろの方に少し重みを感じる。触れてみると髪とは違う感触があった。それは髪よりも少しだけ長かったが、それほど不自然ではなさそうだ。
「気になるなら取るよ?」
「いや、折角お前が結ってくれたからな。今日はこのままでいい」
「ありがとう兄さん!とっても似合ってるよ!」
満面の笑みで言われ、程穫は何と返したものか迷う。男が飾り紐をつけて、嬉しいなどと言っていいのだろうか。そしてその結論はすぐに出てこなくて。
「・・・・・お前の髪も、結ってやる」
「え、いいの?嬉しい!」
話題を反らすことに成功した程穫は、久しぶりに和穂のさらさらとした髪の感触を堪能するのだった。