転倒

「あ」
ほたるが声を上げた時、すぐに駆け寄れば間に合ったかもしれない。

「きゃあっ!」

道端の小石とは呼べない大きさの石に躓き傾くゆやを、ほたるはいつものぼんやりとした表情で眺めていた。

「っいたぁ・・・」
転んでうつ伏せになった状態から、よろよろと起き上がるゆや。ほたるが彼女の傍に歩み寄った時、ゆやは砂だらけになった着物を叩いているところだった。

再び、ゆやを眺めるほたる。みっともないところを最初からずっと見られ、ゆやは困ったように笑った。
「はは、こんなに盛大に転んだのは久しぶりです」
「・・・・・ふーん・・・」
そうなんだ、と呟いたほたるに、ゆやはますます照れながら笑う。

「ええと、でも、見てたのがほたるさんでよかった」

彼にとっては意外な言葉に、ほたるはその目を少しだけ見開いた。
数度瞬きし、ゆやの言った言葉を頭の中で反芻する。
「・・・えっと・・・・・つまりそれって・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」

ほたるの言葉を待つゆや。人差し指をへろりと立て、明後日の方に視線を飛ばしたまま口を半開きにして沈黙するほたる。

『・・・・・・・・・・・・・・』

「・・・・え、えと。つまり、ほたるさんなら私が転んだことをみんなに言いふらしたりしないから、見られたのがほたるさんだけでよかったってことです」
このままでは話が進まないと判断したゆやが、代わりに口を開いた。
ほたるは、わかっているのかわからない顔でゆやを見た。
「・・・・・そう、それ」
何故か微妙にふんぞり返るほたるに、ゆやは思わずふきだし声を上げて笑う。
「なんか面白いことあったの?死合い?」
「ふふっ、いえ、違いますよ。あははっ」
辺りを見回し、どこでやってんの?と尋ねるほたるに、笑い過ぎて涙ぐむゆやが首を振る。
「・・・?」
とりあえず、ゆやの笑いが収まるまでの数分間、ほたるは隣で再びぼんやりと彼女を眺めるのだった。

その間、二人より先を行っていた他の一同はちょっと離れた場所から後ろの様子を伺っていた。実は、ゆやが転んだことにも気付いていたりする。
「見ろよあれ・・・ほたる相手に爆笑してるぞ」
「何の話したらあんなに盛り上がるんだろうね~。ねぇ?気になってるでしょ?」
「・・・なるわけねぇだろ」
燻るような痛い殺気を撒き散らしながら、狂が吐き捨てる。
幸村が更にからかうと、キレた狂が死合いを挑み、何故か梵天丸も含めての三つ巴となっていた。アキラとサスケは離れたところで見守っている。と言うより呆れている。

「・・・・ああ。あそこで死合いしてたんだ。俺も一緒にやってくる」

教えてくれてありがと、とゆやに礼を言い、ほたるは刀を抜き放ちつつ死合いの真っ只中へと駆け込んでいった。
「・・・ほたるさんて、不思議・・・」
取り残されたゆやは、死合いを止めることも忘れて暫く唖然と彼の背中を見送るのだった。