月明

白い月に照らされ、辺りは随分と明るい。
その上あまり葉が茂っていない林の中なら、行灯などがなくとも普通に歩くことができた。
ゆやは、時折拾った小石を木の根元に二つ重ねながら、林の奥へと進んでいた。

暫くして、視界が開ける。
ゆやは、落ちれば確実に命がないであろう高さの崖にいた。眼下には、果てが見えないほどの広い森。
空を見上げると、星は一つも見えないにも関わらず、月だけが何故かくっきりとゆやに白い光を降らせていた。

上を見上げると、ゆやの足は小さく震えた。

このままでは倒れるとわかっているのに、身体は言うことをきかない。
もし倒れたら、そしてなおかつ場所が悪ければ、この崖から落ちてしまうだろうに。
それでもゆやは動かない。動こうとしない。
白い月はただ何もせずにゆやを照らしているだけなのに。ゆやはそこから動くことができなくて。
がくりと膝の力が抜けた。

倒れるゆやの目に飛び込んできたのは、ただそこにいるだけの月に似た、けれど月よりもずっと綺麗な金色。

「っ・・・・」
今まさに崖下へ転落するところだったゆやをきつく抱き寄せて、ほたるは大きく息を吐いた。それはまさに崖っぷちのところで、ほたるは勢い込んでゆやを引き寄せたため地べたに尻餅をついていた。
「ほたる、さん・・・?」
ゆやは何が起きたのかわかっていないかのように首を傾げてほたるを見る。
「・・・こんなところで、何してるの」
本当は、何故崖から飛び降りようとしたのか尋ねたかったのだが。口が思うように動かず、訊くことができなかった。
ゆやは、どこか放心気味に月を見上げる。
「さあ・・・何でしょうね・・・?」
「俺が聞いてるんだけど」
ゆやの顔を無理やり自分の方に向かせ、普段より低い声で言うほたる。
ゆやが、くすくすと力なく笑った。
「ほたるさんだって、いつも『何だっけ』とか言うじゃないですか・・・」
「・・・そうなの?」
「そうですよ・・・」
一頻り笑うと、ゆやは疲れたように深く息を吐いた。そんなゆやがとても脆く、崩れてしまいそうに見えて、ほたるはそっとゆやを抱き直す。
くすぐったいとゆやがまた笑った。ゆやが笑う度に、ほたるは何故か不安になる。
「笑わないで」
唐突なほたるの言葉に、ゆやはきょとんとしかし重そうに目を瞬かせた。
「え・・・何でですか・・・?」
変なほたるさん、と呟いてゆやは笑う。それは更にほたるの不安を煽って。

「それ以上笑うと、殺すよ?」

ゆやを助ける時に地面に放り投げた刀を手にするほたる。そして刃物のついた柄頭をゆやの首元に突き付ける。
『・・・・・・・』
暫く、二人は何も言わなかった。
ゆやはほたるをただ見つめて、ほたるもただゆやを睨んでいた。

刹那、ふと軽くゆやが息を吐き出す。

「・・・いいですよ」

そして、うっすらと笑った。
それはまるで、肩の荷が下りて楽になれたとでも言わんばかりの笑み。
ほたるは、目を見開いて柄を強く握り締め。

しかし、ほたるがそれ以上動くことはなく、気付けばゆやは寝入っていた。

「おぉ~い!ゆっ、やっ、はあぁあああんっ!!」
腹の底からという形容がぴったりな声で、紅虎が吼える。
明朝、起きてみたらゆやがいないことに気付いた一同は、野宿した地点を中心にこうして探し回っていたのだった。
「どこ行ったんや~!叱らんから出てきてえなぶぎゃっ!!」
「姉ちゃんをガキ扱いすんなよ。お前じゃあるまいし」
刹那、頭上から降ってきたサスケが言葉と共に紅虎の頭を踏んで突っ込む。
「っこ、んのジャリ~・・・!!」
怒りのオーラを立ち上らせる紅虎を無視して、サスケは幸村の元へ走った。
「北西は見当たらなかったぜ」
「ありがと。じゃあ西は才蔵が見に行ってるから、サスケは南西をお願い」
「わかった」
低い声で小さく言い、幸村は再び辺りをうろつきながらゆやの名を呼ぶ。サスケは了解するとすぐに姿を消した。
「ほんとにどこ行っちゃったんだろうね、ゆやさん」
幸村が声をかけるのは、ものすごく不機嫌なオーラを放ちつつ、酒を飲んでいる狂。
「知らねえよ」
こめかみに青筋を立てまくりながら言う狂は、『チンクシャの分際で』だの『足手まといが』だの散々文句を一人呟いてるが、ゆやが見つかるまでそこを動く気はないらしい。
まあこれだけの人数で探しているのだから、そのうち見つかるだろう、と幸村はかなり楽観していた。唯一つ心配なのは・・・

「昨日、かなりゆやさんにお酒飲ませちゃったからなあ・・・二日酔いになって倒れてなきゃいいけど」

ちなみに、ほたるのことは誰も心配してくれてはいなかった。

「・・・頭痛い・・・気持ち悪い・・・身体重い・・・」
「軽いと思うけど」
その頃、幸村の心配通りに二日酔いになっているゆやを背負って、ほたるは林の中を歩いていた。
ざっと辺りを見回し、どこから来たのか考えるほたる。もちろん彼にわかるわけもなく。
「えぇと・・・確か、木の根元に石を二つ重ねて来たんです・・・だからそれを辿れば・・・」
「ああ、あれなら全部崩してきた」
「・・・なっ、何でですか!?」
「俺がどっちからあんたを追って来たのかわからなくなるから」
ゆやが残した帰り道用の目印は、ほたるが彼女を追いかけるための目印として役目を終えていたらしい。
こうして完全に遭難した二人は、午後になってやっとサスケに発見されたのだった。