妨害
ゆやは、胸元の違和感に気付いて蒼白となった。
まさかと思いつつ、襟元を覗き込んでみると。
予想通り、そこにあるはずのものがない。
「狂の奴!またお財布盗ったわね!!」
急にふらりとどこかへ姿を消したと思ったら。
憤慨しながら、ゆやは財布を取り返すべく走り出したのだった。
「っ狂!やっと見つけたわよ・・・!!」
それから小一時間、街中を探し回って本当に『やっと』狂を見つけ出したゆやは、もう逃がさんとばかりに狂の着物を掴んだ。
息を切らすゆやの目が、狂が購入した酒瓶に留まる。
「ああっ!また私のお金でお酒なんて買って!!」
「うるせえな・・・下僕の金をどう使おうと俺様の勝手だろ」
「勝手じゃないわよ!とにかく、私のお財布返して!!」
叫ぶと、ゆやは有無を言わさず狂の胸元を開いて、ぽろりと落ちてきた財布を受け取った。
「あぁあ・・・こんなに軽くなって」
涙するゆや。狂が買った酒はかなりの高級品だったようだ。
「チンクシャ」
「何よ!?もうっ、無駄遣いばっかりして・・・っ!?」
刹那、ゆやは狂の腕に捕らえられていた。
「っな、き、狂・・・!?」
うろたえるゆやを、口の端を吊り上げて笑う狂が覗き込む。
酒瓶を地面に置いて、両手が空いた狂はにやりと楽しそうな顔でゆやへと言った。
「この俺様の着物を脱がせておいて、何もないで済むと思ってんじゃねえだろうな?」
ゆやは、目を点にして瞬きした。
「・・・・・は?だからこうしてちゃんとお財布があったじゃない」
さも当たり前のようにそう口にするゆやに、狂は呆れ果てた視線でその手を這わせる。
「っきゃ・・・!?ちょっ、狂っ!!」
「お前が誘って来たんだろうが。逃げるんじゃねえ」
「な、何言ってんのよ!?」
昼間から、道のど真ん中でこんなことをしていれば当然周りの目に留まり。
じろじろと多方向から視線を感じ、ゆやは真っ赤になりながら必死で抵抗した。
「っ狂!からかわないで!!」
叫んで振り上げた腕は、苦もなく狂に掴まれる。
「誰がいつお前をからかってんだよ」
「・・・・・・・・・・え?」
きょとんとするゆや。その顔を見つめる狂は、既に笑ってなどいなかった。
「んなこと言った覚えはないぜ」
「えっ・・・・そ、それって・・・あの・・・ほ、本気で言ってるの・・・?」
狂の紅い目に射抜かれ、身動きの取れなくなったゆやが放心気味に呟く。
ふと小さく狂が笑った。
「信じるかどうかは、お前の勝手だ」
その手が顎を捕らえ、ゆやは僅かに上を向かされる。
そして、ゆっくりと狂の顔が下ろされて・・・
突如、狂が頭を上げて身を反らせる。
すると二人の間を、とにかく速い何かが突き抜けていった。
「え?えぇ?」
何が起きたのか全くわからないゆやが混乱する。狂は、かなり大きく舌打ちをすると、ゆやから手を放してぎろりと一方を睨みつけた。
そこには。
「え?ほ、ほたるさん?」
ゆやの言うとおり、何故か下駄を片一方履いていないほたるの姿があった。
「ど、どど、どうしたんですか?」
見られていたのだろうかと言う恥ずかしさと、何で片方だけ裸足なのだろうと言う戸惑いが入り混じり、複雑な表情で尋ねるゆや。
「うん。なんかすっごいムカついたから」
「え?」
「本当は『魔皇焔』てゆーかもう『悪魔の顎』撃とうかと思ったんだけどみんなに止められた」
「・・・み、みんな?」
言われてやっと、ゆやは街道の隅にいる見知った顔の男たちに気付いた。
「ははは・・・さすがにここで火事起こすのはやばいと思ったもんやから」
それにしてもよく止められたわ~、と必死で場を誤魔化そうとする紅虎。
「お、俺は最後までほたるを止めようとしたんだからな!信じてくれゆやちゃん!」
ゆやに声をかけつつ、何故か狂の方へ視線がいっている梵天丸。
「もう少しだったのに残念だったね狂さん」
「・・・その顔じゃ説得力ないぜ」
溢れんばかりの笑顔で言う幸村に突っ込むサスケ。
そしてアキラは刀を抜き放ったまま、端の方で地面に埋められていた。恐らくほたると同じように技を放とうとして止められたのだろう。
「狂!!この灯たんを差し置いて、こんなチンクシャ女に手を出すなんて酷いわ!!」
「んな!?あ、灯さんにチンクシャなんて言われたくないです!!」
「何よチンクシャゆやちゃん。一人だけいい思いして」
憤慨するゆやにぽこぽこと殴られながら、灯はなおもからかい続けた。
そんな二人を不機嫌そうに睨み、狂は地に置いていた酒瓶を取り上げ身を翻す。
「お、おい。どこに行くんだ狂?」
「戻って寝る」
梵天丸に短く言い、狂は宿の方へと歩いていった。
「ありゃかなり怒ってやがるな」
「だからゆやはんをつけるのはよくないって言ったんや」
「真っ先に部屋を出たのはお前だろ。バカトラ」
「うんうん。もう一押しほしかったねえ」
「何を期待してたんですかあなたは・・・」
何とか復活したアキラに、幸村は秘密と笑顔で言った。
刹那、灯にからかわれていたゆやが悲鳴を上げる。
「っど、どうした!?」
「灯に何かされたんですか!?」
アキラが灯によって再び地に沈められるが、誰も気にしちゃくれなかった。
「っ狂の奴!!やっぱりからかってたのね!!」
涙目で叫ぶゆや。
その頃狂は、再び掠め取ったゆやの財布で二本目の高級酒を買っていた。