包春

「サスケ君」
名を呼ばれて、歩いていたサスケは反射的に顔を上げた。声をかけてきたのがゆやだと言うこともあって、その動きはいつも以上に素早いものだったりする。
そして彼の目に入るのは、隣を歩きながら少し気後れしているようなゆやの様子。
「姉ちゃん?」
何か言いたいことがあるのではないのかと、サスケが軽く首を傾げる。
するとゆやは、意を決したかのように口を引き結ぶと、真剣な目でサスケを見た。思わずサスケも軽く緊張してしまう。
そしてゆやの言葉を聞いてから、サスケは更に緊張することとなったのだった。

「あのね・・・手、繋いでもいいかな?」

ざわり、と周囲の空気が震える。聞いていないような振りをして、他の男たちもしっかりとゆやの言葉を聞き取っていたらしい。
しかし、まず騒ぎ立てそうな者たちは所用でその場に不在だったため、絡んでくるものは誰もいなかった。
アキラは必死で気にしないような振りをしつつもそのこめかみには青筋がたっている。ほたるはいつもの何を考えているのかわからない顔で二人を眺めつつも、その目はかなり据わっていて。そして狂は、いつ斬りかかってきてもおかしくないほどの殺気をサスケにぶつけてきていた。

「あ、その、もしサスケ君が嫌じゃなかったらで・・・」
ゆやの取り繕うような台詞に、サスケはそんなことありえないと思い切り首を横に振った。
そして、軽く左手を握ったり開いたりしてから、俯きがちにその手を上げる。
ゆやが、僅かに目を見開いて。

差し出されたサスケの手を、ゆやの手がそっと握り返した。

にこにこと嬉しそうに歩くゆやと、隣で視線を逸らしつつも随分意識しているサスケ。
そんな二人を遠巻きに見ながら、殺気を漲らせる男たち。特に狂の殺気は留まるところを知らぬ勢いで膨れ上がっている。

ほたるは、痛くなるほど重い何かが溢れる胸に片手を添え、首を傾げた。
ゆやを見ていると、何故か苦しくて。苛々として。訳がわからない。

不意に、この気持ちは辰伶と対峙した時に似ている、と思いつく。

壬生の地にいる己の腹違いの兄弟。その性格も、言動も、彼には理解し難いもので。彼と顔を合わせるたびに酷くいらついた。そしてこの瞬間も、それと同じくらいに、いや、それ以上にほたるは不機嫌で。

しかし、普段ゆやといてそんな思いに囚われることはなかった。何故、今はこんなにも気が重くなるのだろうかと、ほたるは胸を押さえたままもう一度首を傾げた。

サスケと手を繋いで、嬉しそうに微笑むゆやを見たくないと思った。しかし、アキラの『眼』に見えぬものはない。こんな時ばかりは、己の能力を恨めしいと思ってしまう。
自分はこんな人間だっただろうか。狂はともかく、他人に対してここまで意識を向けてしまうということは今までなかった。
こんなことを、自分はしたりなどしない。これほどくだらない理由で、殺気を放つようなことをするはずがない。

この自分が、嫉妬などというものをする訳がないのだ。

アキラは何度も己にそう言い聞かせて、歩き続けた。
彼の眉間に寄せられた皺は、暫く消えそうにない。

サスケは、緊張しながらも不満そうに顔をしかめていた。
ゆやが手を繋いでほしいと言ってきたのは、自分が子供だったからなのではないか。たとえゆやでも、と言うよりゆやだからこそ、子ども扱いされることをサスケは好ましく思ってはいなかった。
むっつりと押し黙ってしまったサスケに、ゆやの声がかかる。

「ごめんね」

「・・・は?」
突然謝られ、呆気にとられるサスケ。思わず視線を向けると、ゆやは苦笑していた。申し訳なさそうに。
「だって、迷惑だったでしょう?」
「そんなことねえよ」
サスケが即否定すると、ゆやは嬉しそうに笑った。サスケの気遣いが嬉しいと言って、頬を緩めた。
「手を繋いでもらえるとね、安心するの。でも、みんなには内緒ね」
子供みたいだって馬鹿にされるから。そう言って恥ずかしそうに笑うゆや。サスケも、胸中では子供だなぁと思いつつも頷く。その顔は、随分と嬉しそうで。

「みたい、じゃなくて本当に子供だろうが」

「っきゃ!?」
いつの間に背後へ来ていたのだろうか。狂がゆやの着物の襟をがばりと開いた。
「顔は仕方ないとして、もう少し身体を何とかしたらどうだ?」
「う、うるさいわね!放しなさいよ!!」
身体を這う狂の手から逃れようとゆやが暴れるが、相手が男の上に、片手のみの抵抗ではほとんど意味がない。
もがくゆやは、サスケの手を放そうとはしなかった。それがサスケは嬉しくて。

狂とゆやがそんなやり取りをする最中、サスケはゆやの手をしっかりと握り返していた。