擁護
傍に来た。だから抱き締めた。
そう言うと、ゆやは赤くなった顔を更に紅潮させて目を吊り上げた。
怒ってる、とほたるが気付く前に、ゆやが声を張り上げる。
「放して下さい!!」
「・・・何で?」
ほたるは本当に理由がわからなかったのだが、ゆやはからかうなと更に叫んで、そこから逃げ出そうともがいた。
「無理だよ。あんたの力じゃ俺からは逃げられない」
それは単なる事実。たいした感情もこめず、ほたるはそう言い放つ。
今度は、ゆやが叫ぶ前に、彼女が悲しんでいるのだと気付いた。
「・・・そんなの」
「・・・?」
ほたるがどう声をかけようかと悩む前に、ゆやがぽつりと呟いた。
ぽそぽそと先を続けるゆやの言葉を聞き取ろうと、ほたるが耳を近付けると。
「っそんなの、やってみなくちゃわからないじゃない!!」
ゆやが唐突に叫ぶと同時に『ごき。』と、結構痛そうな音が辺りに響いた。
「っ・・・・」
下顎の部分に見事なヘッドアタックを喰らったほたるは、珍しく声もなく顎を押さえて蹲る。
ほたるの両腕が離れた瞬間、ゆやは転がるような勢いで彼から逃れた。
そのまま駆けて行ってしまうのかと思いきや、ゆやは座り込んで鈍痛を耐えているほたるの前に仁王立ちになる。
意外な相手から与えられた痛みに、不覚にもちょっと涙目になってしまったほたるが顔を上げると、そこには同じく頭を押さえて涙目になっているゆやの顔が目に入った。
彼女の場合は、その涙が痛みによるものなのか、怒りによるものなのか、判別しづらいところがあったが。とりあえず、両方なのだろうとほたるは思うことにした。
「無理じゃありませんでしたね」
勝ち誇った声で言い放つゆや。ほたるは赤くなってしまった顎を擦りつつ立ち上がった。
「そうだね。絶対無理だって思ってたけど、逃げられたし」
「私の勝ちですね」
「そっか・・・逃げられたから、俺の負けなんだ」
残念、と呟くほたる。
「ほたるさんが油断してたからですよ」
「別に油断なんかしてないけど」
特に考えずに言った台詞に、ゆやはむっとして軽く頬を膨らませた。またからかわれていると思っているのだろうか。
「してました。だって、悔しがってないじゃないですか」
「ああ・・・」
ゆやに言われてやっと、ほたるは己が全く悔しいと思っていないことに気付く。
「狂と死合いした時なんかは、負けるとすごく悔しがってるのに、今は全然悔しがってないです。それって、私が負けて当然な位にほたるさんが油断してたからじゃないんですか?」
ゆやの考えに、ほたるは暫し目を瞬かせて『違うと思う』と言った。
「負けてもいいなんて思って油断したんじゃないよ」
「じゃあ何で油断したんですか?」
思っていたことが外れて戸惑うゆや。ほたるはうーんと考え込んで。
「あんたに抱きつけて嬉しかったからかな」
真っ赤な顔で硬直するゆやに、ほたるは再び腕を伸ばした。
「・・・ところでさ」
「っな、何ですか?」
「どうして俺がさっき抱きついた時、怒ったの?」
抱き締めた途端、放せと暴れられたことを、ほたるはまだ気にしていた。
ゆやは少し躊躇した後、言いづらそうに呟いた。
「だって、『傍に来たから抱き締めた』なんて、相手は誰でもいいみたいじゃないですか・・・」
自分以外の人でも、傍にいたら抱き締めていたのだろうかと思ったら、悲しかった。
拗ねたような声でそう言うゆやを、ほたるは更に強く抱き締める。何故か、急に胸の奥が温かくなって。
「あんた以外の奴だったら、こんなことしないから」
ゆやの耳元に囁いたら、更にほたるの胸は温かくなった。