明日
「明日が来なければいいのに」
ぽつりと擦れた声で呟かれたその言葉を、サスケの人一倍優れた聴覚は意識せずに聞き取っていた。
「・・・ゆや姉ちゃん?」
今のは、何を思って口にしたのだろう。単刀直入に尋ねたかったが、無理やり聞き出すのも嫌だったので、名を呼ぶだけに止める。
「あっ、何でもないの。気にしないで」
そう言って、頬を緩めるゆやが酷く・・・酷く辛そうに見えて。苦しいのを無理に我慢しているように見えて。サスケは自分まで首を絞められるような息苦しさを感じた。
「そう言われると、もっと気になるんだけど」
ゆやに嫌な思いをさせたくなかった。いや、自分を疎ましく思われるのが嫌だった。だからできるだけ回りくどく気遣おうと思った。
けれど、ゆやが辛そうな思いを隠して、独り苦しんでいるのはもっと嫌だった。だから。
「ゆや姉ちゃんが辛い思いをしてると、俺まで辛くなるんだ」
「え・・・」
「だから、話してよ」
それで少しでも、気分が楽に慣れるなら。
サスケは、そこまで言うとゆやから視線をそらすようにして俯いた。そして、普段より赤くなった鼻頭を指で軽く掻く。
「そ、それに、もしかしたら・・・俺が役に立てるかもしれねぇし」
「サスケ君・・・」
ぽかんとしていたゆやが、笑った。生憎サスケにはその泣きそうな笑顔を見ることはできなかったが、ゆやの声が先ほどよりずっと明るいものに変わったので、とりあえずよかったと思った。
「・・・サスケ君は、明日が楽しみ?」
先ほど、『明日が来なければいいのに』と言った時と同じ声音で、ゆやは尋ねた。悩み事を相談されるのかと思っていたサスケは、その問いに戸惑う。
「え・・・えと・・・」
「私は、明日なんていらない。来なくていいと思ってる」
「・・・どうして」
そんな、悲しいことを言うのだろう。明日が来るから、時が流れているから、自分は。
「どうしてかなぁ。矛盾してるんだよね」
空を見上げて、ゆやは深呼吸をした。今まで水の中にいて、やっと空気を吸うことができたとでも言いたげな、勢いのある呼吸だった。
「時間が止まっちゃったら、こうしてサスケ君と会うこともできなかったよね。そんなの、嫌だって思ってるのに」
そう言ってくれて、サスケは嬉しかった。自分も、そう思っていたから。時が流れているからこそ、自分は彼女と出会うことができた。今の仲間たちと出会うことができた。
しかし、嬉しいと同時に、そう思った自分を責めた。目の前の彼女は、こんなにも辛そうな顔をしていると言うのに。
「サスケ君と会えてよかったって、時間が動いていてよかったって思ってるのに・・・ううん。思ってるから、明日が来なければいいのにって、思うのかも」
「・・・矛盾してるな。それ」
明日が来るお陰で、嬉しいと思うことができた。明日が来るせいで、嫌だと思ってしまう。
「うん。矛盾してるよね」
結局は、ただの我がままなのだと、ゆやは苦笑した。そして、ありがとうとサスケに言った。