伝達

珍しく海へやってきた一行。もう泳げるような暑さではないため、誰も海へ入る者はいない。
サスケは普段出会うことのない海風の匂いに鼻をひくつかせた。別に目的地としてここが選ばれた訳ではない。たまたま通りかかっただけだ。しかし、一行はここから動けない。一部の者たちが動かないから。

狂の技が砂浜を大きく抉り、地を揺らした。
ほたるの炎が砂を突き抜け、海水を蒸発させていく。

二人から離れたところを歩いていたサスケには、何が発端となって死合いが始まったのかはわからない。興味もないので、知りたいとも思わない。他の男たちは、少し優勢となっている狂の戦い方について熱く解説したりされたりしている最中のようだ。

無意識のうちに、ゆやの姿を探す。この騒ぎが始まった時は、死合いを止めるべく声を張り上げていたが、サスケが少し離れた場所で蟹を眺めている間に、その声も聞こえなくなっていた。
辺りを見回し、姿が見つからないことに少し心がさわさわと揺らぐ。この状況で攫われたということはないだろうが、一人でどこかへ行って怪我をする可能性もある。年上の女性に対して、まるで子供相手のような心配をする自分に、少し可笑しくもなった。
砂浜からゆやの足跡を見つけ出し、新しいものを選別、形から歩いて行った方向を判断する。それを辿って暫く歩くと、死合いの喧騒もだいぶ小さくなったところで彼女を見つけた。手にした棒で、砂浜に何かを描いているようだ。
何も言わず近寄ると、まだ距離があるところでゆやが顔を上げる。

「サスケ君」

嬉しそうな笑顔に、サスケの口元も少し緩む。彼女の元に辿り着くと、ゆやはもう一度笑みを深めた。
「何してるんだ?」
「砂浜に絵を描いていたの。何を描いたかわかる?」
ゆやの棒が、サスケの足元に向けられた。細い線が何本も走っている。
人の顔を簡略化して描いたのだろう。恐らく仲間内の誰か。やたらと悪い目つきを強調している。
「・・・鬼眼の狂?」
「当たり!」
わかってもらえてよかった、とゆやが笑った。彼女が喜んだことにサスケも嬉しくなる。
「じゃあこっちはわかる?」
「バカトラ」
「そうそう!」
ゆやが次々と何を描いたか尋ね、それを当てていくサスケ。その回答は全て正解し、ゆやはますます嬉しそうだ。
「サスケ君すごいね!幸村さんなんて、私でも似てないと思ってたのに」
「何となくだけど、そうじゃないかって思ったんだ。ってことは、似てるってことじゃないか?」
「そうかな・・・あ、もしかしたら!」
何かを閃いたゆやが、笑顔をサスケに向ける。何度見せられても、鼓動が高鳴る。この感情が、ゆやにばれやしないかと緊張してしまう。

「サスケ君に、私の想いが伝わってるからかも」

サスケがぽかんと口を開けて固まった。
「私が考えてることが、サスケ君に通じてるから、何を描いたかわかるんじゃないかしら」
超能力みたい、とゆやが言う。放心していたサスケは、少し恨めしそうな顔でゆやに尋ねた。
「・・・ゆや姉ちゃんには、俺の想いは伝わってるのか?」
「えぇ?私は人の心を読むとかできないから、わからないと思うけど・・・」
「・・・・・そうだよな」
溜め息を吐いて、サスケは海の向こうを見やる。ゆやが不思議そうに首を傾げる。

想いが伝わるのが怖い反面、いつか伝わってほしいとも思うサスケだった。