話合

「狂の馬鹿っ!!」

もう何度も言われたその台詞に、狂は平然とした顔で煙草の煙を燻らせる。
もう何度も取られたその態度に、ゆやはますます顔を紅潮させて怒りを露わにした。
「何度言ったらわかるのよ!勝手に私の財布でお酒を買いに行かないでって言ってるでしょう!!」
「そんなに嫌なら常に酒を用意しておくんだな」
「だめよ!そんなに毎日飲んでばっかりいたら身体に毒なの!」
「酒は百薬の長なんだろ」
「薬の飲み過ぎは毒と同じだって知らないの!?」
「俺様の身体にはこれくらいで薬なんだよ」
憤慨するゆやと対照的に、狂の顔はにやにやと緩んでいる。彼らの仲間が見れば、ゆやに構ってもらえるのが楽しくてたまらないのだろうと言うはずだ。狂は決して肯定しないが。
「そんなに飲んでばっかりで、本当に身体を壊したらどうするの!?」
両手で狂の襟元を掴み、ゆやが言う。その声は怒りより必死さが強くなっていた。
「狂が、そんなことになったら、私っ・・・!」
翡翠を思わせる瞳が、大きく揺らぐ。狂が僅かに息を呑む。彼の小さな動揺など、ゆやが気付く訳もない。
それは彼女が鈍いだけではなく、涙を見せまいと身を離して俯いたからだ。
ぽつぽつと落ちた滴が、狂の足元を濡らす。
ゆやの視線が外れたからか、狂が珍しく表情を崩した。一言でいうならば、「しまった」が相応しい。
身を翻して、ゆやが目元を拭いながら駆け出す。

ゆやの手首を、狂が掴んだ。

そのまま引き寄せ、片腕で抱き寄せる。ゆやが大きく肩を震わせた。彼女の表情は狂の胸元に埋まって見えないが、とても驚いているのは伝わってきた。
「泣くな」
いつもより低い声で、小さく言う。
「・・・っ泣いてない」
ゆやが鼻をすすりながら言う。狂が小さく溜め息を吐いた。
「とにかく泣くな」
「っ・・・もう、お酒飲まない?」
「飲む。でも泣くな」
「そんなの無理・・・」
「それでも泣くな」
「じゃあ飲まないでよぉ」
「飲む」
「狂の馬鹿ぁ・・・」
ぐずぐずと鼻をすするゆやを、更に強く抱き締める。ゆやが苦しさに息を漏らす。
ここから先は我慢比べだ。二人とも何も言わず、動かなくなる。

どれほどの時がたったか、日は山の向こうへ落ちかけていた。
ゆやが大きく息を吐く。このまま突っ立っていては、二人とも風邪を引いてしまう。
「狂」
「なんだ」
「お酒、飲まないで」
「断る」
「・・・・・じゃあ、減らして」
「・・・・・」
「ちょっと減らすくらい、できるでしょ?」
「・・・・・」
「それくらいもだめなの?」
「・・・・・」
「その程度のこともできないの?」
「んなわけねぇだろ」
「じゃあ、減らしてくれるのね!よかった!」
顔を綻ばせて言うゆやに、狂の眉間の皺が深くなる。見下ろせば、にこにことほほ笑むゆや。
「わかってくれて嬉しい。やっぱり狂は話せばわかる人ね」
「・・・・・・・・・・」
嬉しそうなゆやの前に、堪えるような狂の顔。この笑顔を崩したくないと言う思いが、何とか彼の口を押し止めている。鈍い彼女はそんな葛藤にもちろん気付かないのだった。