様子
今日は、前日と比べて随分寒かった。ほたると一緒に買い出しをしていたゆやは、すぐそこまで来ていたはずの春はどこへ行ったのだと空へ向かって文句を言う。すると視線の先に、今にも咲きそうなほど膨らんだ桜の蕾を見つけた。
振り返ってほたるの元へ駆け寄り、桜の蕾を見つけた喜びを熱弁するゆや。
ほたるの様子がいつもと違うことに気付いたのは、暫く経ってからの事だった。
「・・・ほたるさん?」
「・・・・・」
「どうしたんですか・・・?」
「・・・・・」
「う、うるさかったですか・・・?」
「・・・・・」
ほたるはものすごい真顔(いつもの無表情とも言える)で、何も言わずにじっとゆやの顔を見つめている。
どうすればよいのだろうかと、ゆやは悩む。彼が一人の世界に没頭するのは珍しくないが、ここまで強く見つめられると落ち着かない。
「あ、あの、ほたるさっ・・・!?」
無造作に伸ばされたほたるの右手が、ゆやの頬に触れた。冷えた空気に晒されて冷たくなった手が、ゆやの頬から熱を奪う。手の冷たさよりも、ほたるに触れられたことに驚いた。
「・・・・・」
「・・・ほ・・・ほたるさん・・・?」
「・・・・・」
「・・・そ、その・・・あの・・・」
ゆやがしどろもどろになりながらも何とか声をかける。ほたるが何も言ってこないところを見ると、まだ何やら考えているらしい。
見つめられるだけでも動揺していたのに、頬まで触れられて、ゆやはますます混乱する。何か言った方がいいのだろうか。このままじっとしていてもいいのだろうか。
暫く葛藤を続けるゆやだったが。
「・・・ん。大丈夫」
どことなく安心したように呟いて、やっとほたるが手を離した。
「え・・・えっと・・・何が、大丈夫なんですか・・・?」
まだ混乱しているゆやが、何とか声を絞り出す。
「顔が赤いから、熱でもあるのかと思って」
今度はほたるも答えてくれた。先ほどからじっとゆやの顔を見つめていたり、触れたりしていたのは彼女の様子を心配しての事だったらしい。ゆやは一人で慌てていたことが恥ずかしくなった。吹き出す焦りを紛らわせたくて、口を開く。
「その、ほ、ほっぺたが赤いのはきっと、寒いからです!」
「そっか」
「あ、あと、桜の蕾が咲きそうだったから、嬉しくて舞い上がっちゃったのかも・・・!」
「・・・桜が咲くと、嬉しいの?」
「は、はい!桜は綺麗だし、皆でお花見とかできるし、あ、でもあんまり飲み過ぎないでほしいですけど。特に狂とか・・・」
「・・・そうだね。俺も、皆で花見したい」
「はいっ、一緒にお花見しましょう!」
「うん」
まだ自分を落ち着けるのに精一杯なゆやは、滅多に見られないほたるの笑顔に驚くこともできなかった。