硬直
狂が吠えた。大地が震え、荒れ狂う風が敵を地へ叩きつける。大した相手ではなかった。油断していたとしか言いようがない。
「灯!」
「わかってるよ!」
乱暴に声をかけあう二人。狂も灯も、他の仲間たちも気持ちに余裕がなかった。
灯の輝く錫杖の下には、お腹を抱えるようにして倒れ伏したゆやの姿。
アキラと梵天丸は灯の隣で心配そうに様子を見守っている。幸村は才蔵たちへ何かの指示を出していた。恐らく敵の雇い主を突き止めようとしているのだろう。サスケも灯たちの方を気にしながら、主の指示を聞いている。ほたるは一人離れて座り込んでいた。そこへ狂がやってきて腰を下ろす。
「お前らしくねぇな」「・・・・・何が?」
「あの程度の野郎を逃したことだ」
敵が現れたのは、ほたるの目の前だった。しかし、ほたるは敵を斃そうともしなかった。そのまま逃げようとした敵を、狂の技が捕えたのだ。
じっと地面を見続けているほたるは、視線を動かさずに口を開く。
「・・・身体が凍ったみたいになって、動けなかった」
敵が現れたのは、ゆやが倒れる直前だった。彼女の後ろにいたほたるは、敵の刃に倒れるゆやを呆然と見ていた。手を伸ばせばすぐに届いたはずなのに、彼女を支えることもできなかった。
「何で動けなかったのかわからない」
「・・・そうか」
「狂はわかる?」
「・・・さあな。お前の心は、お前にしかわからねぇよ」
力なく言う狂の視線の先には、緊張感の漂う仲間たちとまだ意識が戻らないゆやの姿。ほたるは、まだ視線を落としたまま。
「・・・椎名ゆやが倒れて、目の前が真っ暗になった気がした・・・それで、何か思ったんだけど・・・思い出せない」
「・・・そうか」
「狂はわかる?」
「だからお前にしかわからねぇっつってんだろ」
「・・・怒ってる・・・かな・・・」
「あ?」
彼にしては珍しくおずおずとした物言いに、我慢強さと縁遠い狂は苛立たしげな声を上げる。
「・・・椎名ゆや・・・怒ってると思う・・・?」
狂が珍しく口を開けて動きを止めた。ここまで消極的なほたるも珍しいが、唖然とする狂も珍しい。生憎、仲間たちはゆやの状態が気になって誰も二人を見ていなかった。
「・・・謝ったら、許してくれるかな・・・」
「・・・・・」
「狂はわかる?」
「・・・・・」
「・・・ああ。椎名ゆやの心も、狂にはわからないよね。答えられないことばっかり聞いてごめんね」
「うるせえよ」
ゆやのことなどわからないと決めつけられてイラついた狂は、とりあえずほたるの頭を殴って気を紛らわせた。
彼女がほたるを責めることなどありえないとわかっていたが、ここで彼を安心させてやるのも癪なので黙っていることにする。
傷の癒えた彼女が目を覚まして、ほたるに笑顔を向けるまで、彼は地面を見て落ち込み続けるのだった。