望冬

ゆやとほたるが草原に並んで座っていた。

「ちょっと寒くなってきましたね」
「うん」

ほのぼのとした会話をしている二人から幾分離れたところで、他の仲間たちは聞き耳を立てている。二人の間に割り込みたいと考えている者もいたが、互いに牽制するような雰囲気になってしまい、中々踏み出せない。
「あの二人、関わらなさそうにみえて、意外に仲良くしてるよな」
「二人ともぼーっとしてるからでしょ」
梵天丸と灯がぼそぼそと言い合う。

「もうすぐ冬が来ますね」
「冬は寒いから嫌い」
「だから温かい鍋が美味しいんですよ」
「・・・そう?」
「はい。ほたるさんは温かい鍋、嫌いですか?」
「嫌いじゃない」
「あと、冬は雪が降ります」
「雪も寒いから嫌い」
「でも、綺麗ですよ。沢山積もったら、皆で雪だるまを作ったり、雪合戦したりできます」
「・・・でも寒いし」
「雪合戦なら遊んでいるうちに暑くなると思いますよ」
「雪合戦て、何?」
「これ位の小さい雪玉を作って、投げ合うんです。ぶつけられたら負けです」
「・・・それなら、やりたい」
「皆でやったら楽しそうですよね」
「絶対勝つ」

盛り上がってきた二人に、アキラが何とか会話に加わろうとじりじり近付く。その後ろから楽しそうな顔をした梵天丸が続く。
「灯ちゃんはずっと狂の側にいるからねぇ」
「・・・」
しなだれかかる灯を無視し、狂は煙草をふかし続けていた。

「じゃあ、雪が積もったら皆で雪合戦しましょうね」
「・・・そっか。まだやれないんだ」
「はい。雪がないとできません」
「死合いしたくなった」
「へ?」
「ちょっとしてくる」
「まっ、待って下さい!」
「何?」
「え、えっと、昨日も狂と死合いしたばかりじゃないですか!今日はちょっとお休みしませんか?」

必死にほたるを止めるゆや。
そんな二人を見て、ここぞとばかりにアキラが声を上げた。
「そうですよほたる!昨日も散々暴れて迷惑をかけたんですから、今日は自重しなさい!」
「アキラ、何かすっごく嬉しそうだね」
「そっ、そんなことありません!」
「いつの間に死合いしてきたの?」
「死合いをしたから喜んでいるのではりません!」
「じゃあ何がそんなに嬉しいの?」
「っ・・・!」
「墓穴だな」
「うるさい!」
にやにやと突っ込む梵天丸に、アキラが吠えた。
「あ!もしかして、アキラさんも雪合戦が好きなんですか?」
「そっか。だからそんなに嬉しそうなんだ」
「そ、そうです!雪合戦は好きです!」
天然な二人の反応に安堵しながら、ぎこちなく同意するアキラ。真実を知る梵天丸は、大人の配慮で何も言わない。
「早く雪が降るといいですね」
「まだまだ先だろうな」
「何でわかるの?」
「これくらいの寒さで雪は降りません。まだ霜も降りてませんよ」
梵天丸の言葉にほたるが首を傾げる。答えたのはアキラだった。
「じゃあ、鍋もまだまだ先?」
「えと、鍋は雪がなくても大丈夫ですよ」
「いいねぇ、今日は鍋を囲んでぱーっと騒ぐか!」
「騒ぎ過ぎて鍋をひっくり返さないで下さいよ」
人数が増えて更に盛り上がるゆやたちだった。

「狂もあっちに行きたいんじゃないの?」
灯が尋ねると、狂の紅い目がじろりと向けられる。鋭いが、怒っているわけではないようだ。
「行きたがってるのはお前だろ」
「あはは、バレてた?」
「行けよ」
「本当は狂も行きたいんでしょ?」
「別に」
「ゆやちゃんと話したくないの?」
「別に」
「ゆやちゃんが他の男に盗られてもいいの?」
「・・・別に」
「ゆやちゃんのことになると、途端に意気地無しねぇ」
怒るかと思ったが、灯は思ったことを素直に言ってみた。今日の彼は、いつもより大人しい気がする。ゆやと話せなくて寂しいのか。まさかそんなと思いつつも、そこまで口に出すことは控えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、灯ちゃんも行ってこよーっと」
灯がゆやたちの元へと駆けていく。また人が増えて、更に会話は盛り上がっているようだった。楽しそうなゆやを見て、狂は考える。
今まで他の女から言い寄られることは数知れずあったが、自分から追いかけると言うことはしたことがない。本当にこのままでは彼女が他の男に盗られるのだろうか。自分から歩み寄ることで、それを回避することができるのだろうか。

「狂ーっ!」

遠くからゆやに呼ばれて、狂はそれ以上考えることをやめた。 「狂も夜は鍋でいいでしょ?」
「勝手にしろ」
「うん、わかった!」
自分から追いかけると言うのはとても難しい気がしたが、この笑顔を手放すことに比べたらまだ可能性があることに思える。
とりあえず、狂は彼女にちょっかいをかけるため重い腰を持ち上げたのだった。