救夢

その日は野宿だった。定住の地を持たない彼らにはよくあることで、各々が焚き火を中心に好きな場所を確保して眠りについていた。
狂は火の前に座り煙管をふかしていた。特に思い当たる理由はないのだが、今夜は寝付きがあまりよくないようだ。夕餉にあれほど酒を飲んだと言うのに、まだ酒が足りないのだろうか。
彼の膝辺りで小さな声が上がった。視線をやると、ゆやが眉根を寄せて口元を小さく動かしている。何と言ったのかは聞き取れなかったが、表情から察するにだいぶよくない夢を見ているようだ。
辛そうなゆやを見ているうちに、狂は苛々としてきた。苦しそうな顔を見せられることが不快なのか。それとも彼女が何に怯えているのかわからないことが不快なのか。暫く考えてみたが、納得できる理由は見つからない。

不意にゆやの手が伸び、狂の着物の袖を掴んだ。

紅い目を僅かに見開く狂。彼の不可解な苛立ちは更に増していく。このまま悶々としているくらいなら、いっそゆやを叩き起こしてやろうかと思った。そうしていつものように騒がしくされれば、少しは気が紛れるかもしれない。
そこまで考えて、ふと思い当たった。
この苛立ちは、悪夢に苦しむゆやを助けることができないからではないだろうか。これが現実ならば、困っている彼女の元に駆けつけることも、彼女を襲う輩に刀を振るうこともできる。しかし、夢の中ではそれができない。それがもどかしく、腹立たしいのではないか。
苛立ちの理由がわかっても、気分はすっきりしなかった。原因が取り除かれていないのだから当たり前である。
彼女を悪夢から解放するには起こすしかない。そうすれば、自分も苛々せずに済むはずだ。

そして狂は、ゆやを救い出すべく拳を振り上げた。

「っい・・・!?いいいっ・・・!?」
「いい?もっとやってほしいのか?」
涙目で頭を押さえ呻くゆやに、狂はにやにやと意地悪い笑みで問いかける。
「いっ・・・痛いって言いたいのよ!寝てるところをいきなり殴るなんて、一体どんなやむにやまれぬ事情があったのか、聞かせてもらおうじゃないの!!」
何故かやたらと楽しそうな狂に、ゆやは歯をむいて詰め寄った。
「お前の寝言がうるさくて眠れねぇからだよ」
堂々と嘘を吐く狂。真実を知らないゆやは息を詰まらせる。
「そ、それは悪かったわね・・・でもここまで強く殴らなくても・・・」
「さっさと寝ろ。今度は静かにしてろよ」
「・・・そうしたいけど、寝言は自分でどうこうできないわよ」
「なら寝言も言えないくらい疲れさせてやろうか?そうすりゃ夢も見ないで眠れる」
「けっ、結構です!」
地に手をつき身を起こしかけた狂から逃げるゆや。だいぶ距離を取ってから再び横になる。
「・・・おやすみ」
小さく言って、ゆやは彼に背を向けた。今度は違う夢を見られるだろうか。できるなら、その夢が心穏やかになれるものだといい。
狂は暫くゆやの背を眺めていたが、気が付けば自身も眠りに落ちていた。