雨宿
雨は好きじゃない。ほたるは改めてそう思った。足は泥水で汚れるし、水分を吸い取った服が重くて冷たいし、濡れた前髪から落ちる滴が目に入って痛いし。雨が降って良いことなど何もない。
ぼたぼたと大粒の雨が降る中、高下駄をぬかるんだ道に突き刺して歩く。大事な用があって外にいる訳ではない。ただ散歩をしているだけだ。
宿を出た時は、まだ雨は降っていなかった。それなりに厚い雲は立ち込めていたのだが、その先を気にする彼ではない。ふと散歩気分になったほたるは欲望のままに外へ繰り出し、こうして雨に降られている。
「・・・っ!!」
暫く我慢を続けて苛々が募った彼は、己の能力で身体の周りに炎を生み出した。一瞬で蒸発した雨が、白い靄となって辺りに漂う。しかし、次から次へと落ちてくる雨粒は、その靄を押し流して再びほたるを濡らした。
数度同じことを繰り返して、ほたるはやっとこの行為に意味がないと悟る。雨はまだ止みそうにない。どこか雨宿りできるところを探した方がいいだろう。
辺りを見回す彼の視界に、神社へと続く階段が入ってきた。
そこは随分と古い神社だった。手入れは長い間されていないのだろう。辺りは寒さで茶色く枯れた草が沢山散らばっている。鳥居や社殿の外装は剥がれかけ、くすんだ色をしていた。
ほたるは雨を凌ごうと社殿に歩み寄る。すると半分外れた扉から、屋根に開いた大きな穴が見えた。床は水が溜まっていて、とても雨宿りなどできそうにない。
どうするか考え込むほたる。すると、足元から甲高い猫の声がした。
社殿の床下を覗き込むと、手のひら程度の大きさの子猫が鳴いていた。その明るい毛色は、ほぼ黄色と言ってもいいだろう。少しゆやの髪と似ているとほたるは思った。
子猫は鳴きながら、ほたるの方へ身体を引きずり近寄ってくる。ほたるも這いつくばって床下へ潜り込んだ。ここの方が社殿の中より濡れないので幾分ましだ。
「・・・雨宿りしてるの?」
尋ねて小さな身体に触れると、子猫は鳴くのを止めた。ほたるの手が気に入ったのか、ぴたりとくっついて身体を丸める。独りで寒かったのかもしれない。
喉を鳴らす子猫の温もりが、ほたるの手に伝わる。温かくて人懐っこいところも、ゆやと似ていると思った。
子猫と一緒にほたるがうとうとし始めたところで、新たな猫が床下に滑り込んできた。
その猫は子猫と同じような毛色をしている。恐らく二匹は親子なのだろう。親猫はほたると子猫を交互に見て、ゆっくりと近付いてきた。
親に気付いた子猫は、何度も鳴き声を上げて前足を伸ばす。ほたるが子猫から手を離すと、親猫は子猫を包むようにして座り込んだ。丁寧にその身体を舐め、汚れを落としてやる。
安心したのか再び眠り始めた子猫を見て、ほたるは強く唇を噛む。雨はまだ降り続いていたが、彼は構わず外へ飛び出した。
「こんなに濡れる前に帰ってこないとだめじゃないですか!」
ほたるが宿に戻ると、入口で待ち構えていたゆやに怒りの形相で叫ばれた。そのまま腕を掴まれて連行される。部屋に着くと、他の仲間たちが呆れた顔で彼を出迎えた。
「そこに大人しく座っていて下さい!」
部屋の隅にほたるを座らせ、ゆやが部屋を出ていく。そしてすぐに手拭いを何枚も抱えて戻ってきた。ほたるの肩に一枚、膝に一枚、そして頭に一枚ずつ手拭いを乗せて、わしゃわしゃと彼の髪を拭き始める。
先ほどの親猫とは違って随分と荒っぽい仕草。しかし、ほたるは小さく口元を緩める。
「土砂降りなのに帰ってこないから、とっても心配したんですよ!」
ゆやのお叱りが、くすぐったいほどに嬉しくて、少しだけ申し訳ない。
ほたるはあの子猫のように両腕を伸ばすと、ゆやにぎゅうと抱き付いた。
ゆやも他の仲間たちも大きく目を見開いて硬直する。ゆやの身体は子猫よりもずっと温かい。
「ごめんなさい」
首元に顔を埋めて謝ると、ゆやが小さく身体を震わせた。
「・・・・・あ、え、えとっ・・・わ、わかってくれれば、いいです・・・」
「うん。今度雨が降ってきたら、すぐに帰る」
ほたるの頬に、安堵したゆやの吐息がかかる。それが心地よくて、ほたるは更に笑みを浮かべた。
その後、仲間たちから追加できついお叱りを受けたのだが、それでもほたるは上機嫌だった。