良女

「お前の身体は相変わらずチンクシャだな」
「っな!」
狂がにやりと楽しげな笑みを浮かべ、ゆやの腰へ腕を回す。彼にとってはいつもの軽口なのだろうが、言われる方はそう簡単に受け流せるものではない。
「この胸もいつになったらでかくなるんだ?」
「う、うるさいわね!その内もっと大きくなるわよっ・・・た、たぶん」
胸へ伸ばされた彼の手を押し退け、何とか脱出したゆやが叫ぶ。いまいち自信はないようだが。
「随分呑気な話だな。早く女っぽい身体になったらどうだ?」
「うぐぐ・・・!」
悔しそうに歯軋りするゆや。反論したい気持ちは大いにあったが、他の魅力的な女性たちと比べられたら勝てそうもないので何も言えない。
そこへ思わぬところから声がかけられた。

「女っぽいと思うけど」

「へっ・・・?」
驚くゆやが振り返ると、いつの間にやらそこにはほたるが立っていた。狂の笑みがぴたりと消える。
「あんたは女っぽいよ」
「え、そ、そうですか?」
もう一度繰り返すほたる。戸惑いつつも、ゆやの胸中は喜びに溢れた。まさか彼が自分を擁護してくれるとは。そう言った話には全く興味がなさそうなのに。
ほたるは自信があるとでも言いたげに深く頷いた。

「うん。どっから見てもあんたは男じゃないし」

「・・・・・え?」
「十分女に見えるよ。灯ちゃんよりずっと」
ぽかんと口を開けるゆやの後ろで、狂がくつくつと笑い出す。
「・・・え、えと・・・それは、どうも・・・灯さんも、十分女性に見えると思います・・・」
何とか気を取り直して、礼を言うゆや。だいぶ話はずれていたが、ほたるは自分を庇ってくれたのだ。そして灯へのフォローも忘れない。 ほたるは彼女の心中を察する様子もなく言葉を続けた。

「だから、胸がもっとでかくならなくても、あんたはいい女だと思うよ」

「ふぇっ!?」
ゆやが素っ頓狂な声を上げて赤面する。ほたるは言いたいことを言って満足したのか、彼女にくるりと背を向けた。
一歩踏み出したほたるの腕を、ゆやが掴む。
「?」
ほたるはいつもの無表情で振り返った。何も言うことを考えていなかったゆやは、音を立てずにぱくぱくと口を動かす。自分でも理由はわからないが、このまま彼を行かせたくないと思ったのだ。
何も言わないゆやを見て、ほたるは小さく首を傾げる。ゆやは息が苦しくなって、ますます顔が紅潮していくような気がした。大人しく待っている彼に、何か言わなくては。

「あ・・・あの、ありがとうございますっ・・・とっても、嬉しいですっ・・・」

少し詰まりながら言い、掴んでいた彼の手を放す。ほたるは暫く無言でゆやを見ていたが、ふと小さく口元を緩めた。彼にとっては珍しく、嬉しそうな笑み。
「やっぱり、あんたは十分いい女だと思うよ」
ゆやは今度こそ何も言えずに立ち尽くすのだった。

「ほ、ほら梵、早くほたるを止めてきなさい!」
アキラが梵天丸の背中を蹴り飛ばすが、狂の増していく殺気を恐れる彼は断固として動かない。
「お断りだ!絶対に巻き込まれるだろうが!お前が行けよ!」
「私だってお断りです!!」
「狂がキレるのも時間の問題ね。灯ちゃん知ーらない」
灯がそう言った直後、己の獲物を抜き放った狂が重い一歩を踏み出した。