酒宵
今は草木も眠る丑三つ時・・・なのだが、男たちは眠気など全く感じさせない盛り上がりを宿の一室で見せていた。もちろん難しい議論で白熱しているなどと言うはずもなく、単に大量の酒の力である。
今回はちょっと強い敵を斃したのだから、気分が高揚しているのはわかる。ついでにその手下の一人がちょっと高額な賞金首だったのだから、ある程度豪遊しても平気なほどのお金があることもわかる。
しかし酒を飲まないサスケは、この宴会にかなり前から飽きていた。宴会場の隣室で、窓辺に腰掛け何を見るでもなく外を眺めている。こちらの部屋は灯りを点けていなかったが、襖の隙間から漏れてくる隣りの灯りがあれば十分だった。
飲んでいる彼らはいい気分なのかもしれないが、蚊帳の外の自分には煩くてかなわない。他の客から文句を言われてもおかしくない状態だったのだが、この町にはその強い敵のお陰で旅の者など近付きもしていなかった。宿の主も町を救ってくれた英雄を追い出そうとは考えもしないらしい。狂たちから声をかけられるとすぐに追加の酒を運んでくる。
このままこの部屋で一人外を眺め続けるか、夜の町を散歩するか、サスケは暫し考えた。ボスを斃した今なら、幸村の傍を離れても平気だろうか。実は伏兵がまだどこかに潜んでいる可能性はないだろうか。酔っぱらった隣りの男たちが、その気配に気付けない可能性はないだろうか。彼らの強さはもちろん信頼しているが、万が一と言うこともあるかもしれない。そうするとやはりこのまま動かない方がいいだろう。
俯いていた顔を、見飽きた外の景色に戻し、サスケは大きく息を吐いた。
「あ、溜め息」
サスケが声の方に視線を向けると、襖を閉めてこちらに歩み寄るゆやの姿が目に入った。襖の隙間が狭くなると同時に、隣の喧騒も小さくなる。
「ゆや姉ちゃん・・・こっちで寝るのか?」
「ううん、サスケ君はどうしてるのかと思って見に来たの」
「俺は、別に何もしてないけど」
「溜め息吐いてたよ」
「それは、別に大したことじゃなくて・・・いつまで飲んでんだろ、と思っただけで」
「本当よね。もうとっくに夜も更けたってのに」
「酒なんて飲んで何が楽しいんだか。全然美味くねぇし」
「サスケ君、お酒飲んだことあるの?」
「前に、ちょっとだけ」
「そっか。私もお酒のことはよくわからないけど、ああやって皆で楽しく過ごせるのは素敵よね」
ゆやは酒に否定的なイメージを持っていると思っていたので、その言葉は意外だった。
「もちろん飲み過ぎはだめだけど。お金もなくなっちゃうし」
「今日のは飲み過ぎじゃないのか?」
「うーん、いつもなら飲み過ぎだけど、今回は特別かな。皆無事だったから、お祝い」
「・・・無事だったから、か」
「うん。サスケ君も無事でいてくれてよかった。私が危ない時もいっぱい助けてくれてありがとう」
「べ、別に・・・そんな、何度もじゃ、ねぇし」
むしろ狂の方が、本当に危ない時にはゆやを守っていた。それがサスケには歯がゆくて、もっと強くなりたいと思う。
「サスケ君や皆がいてくれたから、私も今ここにいられるんだよ。いつも本当にありがとう」
「・・・ど、どういたしまして」
にっこりと微笑むゆやの顔を、サスケは見ることができなかった。部屋が暗くて好都合だ。少し俯くだけで、紅潮した顔を見られずに済む。
「だから、私も恩返ししないとね」
「・・・どうやって?」
「とりあえず、賞金首をもう何人か捕まえる」
「は?金はあるんじゃ・・・」
「大人数な上にあのペースで飲んでるんだもの。今回の賞金なんてほとんど使い切るわよ」
自分の金銭感覚がおかしいのか、彼らの飲酒量がおかしいのか、サスケには判断できなかった。
「今後のためにも生活費を稼いでおかないと」
「お、俺も手伝う」
「えっ、いいの・・・!?」
驚くゆやに何度も頷くサスケ。またゆやが危険な目に遭っては元も子もない。それに彼女だけに生活費を任せきりにする訳にはいかない。後で幸村にも相談しないと。
「ありがとうサスケ君!サスケ君が一緒なら、賞金首なんて十人くらいすぐ捕まえられるわ!」
「っ・・・!?」
ゆやに正面から抱き締められ、サスケは目を白黒させる。大して大きくもない町に、賞金首が十人もいたら問題ではないだろうか、と混乱する頭の片隅で思った。
「あ、でも幸村さんのお仕事優先でいいからね」
「ああ、わ、わかった」
ゆやの腕の中で、何とか声を絞り出す。その声は彼女に無事届いたようで、ゆやはにこにことしながら何度も頷いた。
後日、本当にこの町から十人も賞金首(例の敵の伏兵)が出てきたのはまた別の話である。