寒温
「うがぁあ!寒い!何でこんなに寒いんだよ!?」
「煩いですよ梵!騒いだところでどうにもならないでしょうが!」
ゆやの隣りにいた梵天丸が叫ぶのも仕方のないことだろう。更に向こうにいるアキラが怒る気持ちもわかる。それほど今日はとてつもない寒さだった。しかも風が強い。凍るような空気を容赦なく吹き付けられ、手足はかじかむように痛かった。
早く宿で温かい食事と布団にあり付きたかったが、前に立ち寄った小さな村にそんな余裕はなく。『もう少し北に行けば大きな町がある』と言われて、寒い中更に寒い北へと移動することになった。それでも雪が降っていないだけ、まだマシなのだろう。その場合はここに来るよりずっと前に、宿を取っていただろうけれども。今思うとそれが正解だったのだ。
一応、いつもより多めにあれこれ羽織っているが、この風ではそう簡単に太刀打ちできない。隙間から容赦なく冷気が攻め込んでくる。しかし、弱音を吐いている暇はない。立ち止まればかえって宿につく時間が遅くなるだけだ。
梵天丸がゆやの傍にいるのは、体力の少ない自分への配慮だろう。大柄な彼が風を防いでくれるお陰で、ゆやは他の仲間たちよりだいぶ歩きやすくなっていた。後で沢山お礼を言わなくては。
ゆやが気を引き締め直して、新たな一歩を踏み出す。するとそこへ。
いつもの無表情で、ほたるがひょこんとやってきた。
場所は丁度ゆやと梵天丸の間。何か用があるのかと思い、ゆやたちはほたるを見やる。しかしほたるは何も言わずに歩いている。
「おい、どうした?何か用があるんじゃないのか?」
梵天丸が聞くと、ほたるはかくりと首を傾げた。
「え?別に何もないけど」
「じゃあ何でこっちに来たんだよ」
寒さも手伝って、イライラとした表情で問う梵天丸。ほたるはやはり何を考えているのかわからない顔のまま答えた。
「ここの方が寒くないから」
「お前が風上を歩け!!」
梵天丸に殴り飛ばされ、宙を舞ったほたるがぐしゃりと地面に崩れ落ちる。慌てて駆け寄るゆや。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ん、大丈夫」
ほたるがむくりと身を起こす。ダメージは少ないようだ。ゆやはホッとすると、ほたるに手を差し出した。その手を見やり、ほたるはまたかくりと首を傾げる。
「えと、立つのを手伝おうと思ったんです」
説明してやっと通じたらしい。ほたるがゆやの手を掴み・・・そして何故か立ち上がらない。
「ほたるさん?」
半端な体勢で固まるゆや。姿勢は辛いし、冷たい風は吹き付けられるしで、かなり困った状況だ。
「ど、どうしたんですか?」
「・・・・・見付けた」
「はい?」
「もっと温かいところ」
「え?」
それってどこですか?とゆやが尋ねる前に。
ほたるがぐい、とゆやの手を引く。そしてそのまま倒れ込んだ彼女を抱き締めた。
目を白黒させて驚くゆや。ぎゅうと力を込められて、息が苦しい。
「ほら、やっぱり温かい」
満足そうなほたるの声に、ゆやは思わず笑ってしまった。
そしてもちろん、この後仲間たちによるほたるへの『この寒い中何やってんだ馬鹿野郎』的お仕置き祭りが開催されたのだった。