触身
「それでですね、なんとそのぶつかった人は、昨日助けたお婆さんのお孫さんだったんですよ!」
ゆやが両手を振り回して熱弁する姿を、ほたるは気の抜けた表情で見ていた。
話の面白さはいまいちよくわからなかったが、彼女の表情を見たり声を聞いたりするのは心地よい。きらきらと光る翡翠色の瞳は、見る角度や光の加減で様々な色に揺らめいて、いつ見ても面白かった。興奮気味の力強い声音も、話しかけてきた時の楽しそうな明るい声音も、どれも気に入っている。ただし彼女が泣いている時の声は、嫌いではないが積極的に聞きたいとは思わない。
「最初は全然お互いにわからなくて、とにかく骨を痛めてないか確認しないとってことで、近くのお医者様に担ぎ込まれて」
「骨折ったの?」
「え、ぶつかった人ですか?大丈夫でしたよ」
聞きたいのはそっちじゃない。ほたるはへろりと指を向ける。
「・・・あんたは?」
「もちろん大丈夫です!もし折れてたら、さっきほたるさんのところに走ってなんてこられませんよ」
ゆやが笑って言う。自分や狂たちは、何本か骨を折っても平気で獲物を振り回せるのだが、彼女はそうではないらしい。
「不便な身体だね」
「ほたるさんたちがすご過ぎるんだと思います」
ゆやの骨を折らないように、触れる時は気を付けた方がいいらしい。ふと思い立って、手を伸ばした。
どれくらいの力で触れば、彼女の身体を壊さずにいられるのだろうか。
ゆやの頬に己の指先が触れる。そのまま手のひらを押し当てると、ふにんと柔らかい反応があった。ゆやが目を見開いているが、痛いと言われないので大丈夫と判断していいのだろうか。
他の場所でも確かめたいと思ったほたるは、そのまま手を下に移動させていく。首元に辿り着くと、片手で簡単にへし折れそうな細さに少し驚いた。確かにこれは気を付けないと危ない。ではどこまで力を込めてもいいのだろうか・・・と思ってからふと気付く。
首の骨って、うっかり折ったら死ぬんじゃない?
珍しく行動する前に気付けた。そのことにほっとする。もしゆやの首が折れても慌てて灯を呼べば助かるかもしれないが、助からなかったら一大事だ。
などとほたるが物騒な考えを巡らせている最中、ゆやは不思議そうに目を瞬かせつつも大人しく首をつかまれていた。彼女は他人にもこうなのだろうか。だとしたらあまりにもあっさり殺され過ぎだ。
「・・・平気なの?」
「え?えっと、何がですか?」
「殺されそうになってるけど」
「えっ、ほたるさん、私のこと殺そうとしてたんですか!?」
「いや、違うけど」
「そうですか。ならよかったです」
「でも、俺の気が変わったら死ぬよ?」
「えっ!変わるんですか!?」
「うーん・・・たぶん、変わらない」
「できれば絶対変わらないでほしいです」
「絶対・・・かはわからないけど、たぶん大丈夫」
「あはは、よろしくお願いします」
困った顔で無理やり笑みを浮かべるゆや。ほたるは首から手を移動する。どこならつかんでも大丈夫なのだろうか。
「ほ、ほたるさん?」
「ん・・・」
「ほっ、ほた、るさっ・・・!?」
「何・・・?」
先ほどから戸惑うゆやの声が聞こえるが、ほたるはつかんでも(またはうっかり骨を折っても)いい場所を探す方に気が取られていて、完全に外へ意識が向いていなかった。
肩ならちょっと砕けてもいいか?それとも腕?それとも、む
「真昼間っから何ゆやちゃん襲ってんのよゴルァ!!」
高速で走りこんできた灯のアッパーカットが、ほたるのあごに決まる。高々と身を宙へ躍らせた彼は、どしゃりと大地へ崩れ落ちる。
その後は灯やらアキラやら大勢からお説教されて、結局どれくらいの力でゆやに触れば問題ないのかはわからないままで。今度は昼間以外の時に試そうと思うほたるだった。