悔包

サスケはただ己の手を見つめていた。ゆっくりと握り、開く。もう一度繰り返す。
近くには誰もいない。戦いの後で、皆疲弊していた。地面に倒れ込み寝ている者、治療や手当てに駆け回る者、煙管を片手にくつろぐ者など、思い思いに過ごしている。サスケはそんな仲間たちから離れた場所で、一人己の手を凝視する。

何て、役立たずな手だ。

先ほどの光景がまた頭に蘇る。崖から落ちたゆやを、助けられなかった自分の手。伸ばした腕が、指が、彼女の指に触れ、そして離れていった時、サスケはただ目を見開くだけで、それ以上動くことができなかった。
ゆやを失うことへの恐怖に、ただ恐れ戦くだけだった。
彼の背後から狂の長い腕が伸び、ゆやの手首を掴むまでの時間が永遠にも感じられて。
狂はゆやを力任せに引き上げると、何も言わずに身を翻した。その先には今まさに襲いかかろうとしてくる敵がいる。
先ほどはその敵を技で吹き飛ばし、捻り出した時間を使って助けに来たのだろう。
本来ならば、傍にいた自分がゆやを助けなければならなかったのに。

何度も湧き上がる後悔の念に押され、サスケは衝動的に拳を地面に叩きつけた。鈍い痛みが拳から肩へと突き抜けるが、重い気持ちを晴らしてはくれない。俯いて目を閉じ、一つ大きな溜め息を吐くと。

「サスケくん!」

少し離れたところから声がかけられ、サスケは反射的に頭を上げた。駆け寄ってきたゆやは、サスケが口を開く前に目の前で膝をつき、先ほど打ち付けた手を取る。その手は酷く温かく、そして柔らかかった。
「怪我してる」
「っこ、これは」
「ちょっと待ってね」
手早く傷口を拭い、包帯を巻きつけていくゆや。何を待てばいいのだろう、とサスケが思っている間に、彼女の手当ては終わった。
「他に怪我はしてない?痛いところは?」
「・・・別に」
心が痛いと言ったら、ゆやはどうするのだろう。己の無力さに打ちひしがれて、自分が崖から落ちればよかったなどと、馬鹿な考えをしている自分をどうにかしてくれるのだろうか。
「そっか。よかった」
ゆやは安堵の笑みを浮かべて、サスケの頭を優しく撫でた。子供扱いされた気がして、サスケは唇の端を下げる。この感情こそが、子供だと言うことなのだろう。わかっているのに溢れる思いを止められない。
「さっきはごめんね」
頭を撫でながら、ゆやが言う。サスケの表情が固まり、止まった。
「またサスケくんの足を引っ張っちゃって」
そんなことはない。自分の仕事はゆやを守ることだった。
「あそこにいたら危ないって、気付かなきゃいけなかったのに」
そんなことはない。敵の攻撃は、自分たちを崖の傍に誘い出すよう仕掛けられていた。
「しかもサスケくんが敵を斃してくれたからって、油断しちゃだめだよね」
そんなことはない。敵を倒したと思ったところで、隙を突かれた自分が愚かだったのだ。
色々な思いが噴き出して、それでも下がった口は開けない。サスケは強く奥歯を噛み締める。
「あのね、サスケくん」
続けられるゆやの言葉に、サスケの肩が小さく震える。何を言われるのか、何故か怖くなった。

「役立たずで足手まといな私だけど・・・これからも一緒にいてくれる?」

サスケは、ぽかんとした顔でゆやを見上げた。何を言われたのか、暫く理解できなかった。
「わがまま言ってばっかりで、ごめんね」
困ったような笑みで、ゆやが言う。サスケは苦しくなって、じわりと痛む目元を隠すように俯いた。
「よかった!ありがとうサスケくん!」
その動きを頷いたのだと勘違いしたゆやが喜びの声を上げる。それを否定するつもりは全くなかった。

彼女を救えなかったのに、まだ、一緒にいてもいいと言われた。そのことが嬉しくて。

ゆやがまだ日頃の感謝などを述べていたが、サスケは視線も言葉も返すことができなかった。