無痛
「ほたるさん、ちょっといいですか?」
背後から呼ばれ、ほたるが振り返るとそこには、手のひらの大きさほどで赤い艶のある櫛を持つゆやがいた。先ほどから、ゆやは仲間たちの髪をこの櫛で梳いて回っているのだが、ほたるはその様子を見ていなかったため、自分の髪が狙われていることなど知る由もない。
「・・・その櫛でどうやって戦うの?」
へろりと人差し指を櫛に向けて尋ねると、ゆやがぽかんとした顔を暫くしてから、慌てて首を左右に振った。
「え・・・?いえ、これでは戦えませんよ!死合いしに来たんじゃありません!」
「・・・そっか」
「何でちょっと寂しそうなんですか・・・?自分と死合いしても楽しくないですよ」
戸惑った顔でゆやが言う。ほたるは明後日の方に視線を向けて、ゆやをどうやって斃すか軽く考えてみた。いきなり決着をつけるよりは、暫く追いかけっこを楽しんで、疲れ切ったところを背後から――――
「・・・・・結構楽しいと思う」
「私は楽しくありません!」
うっすらと笑みを浮かべたほたるの口元を見ながら、ゆやが叫ぶ。彼女の脳裏にはどんな死合いが繰り広げられているのだろう。それも気になるが、もっと気になったことをまずは聞いてみた。
「何で楽しくないの?」
「な、何でって・・・すっごい痛そうじゃないですか」
「痛くなければいいの?」
「え・・・痛くないやり方なんてあるんですか?」
「ある・・・・・はず」
「すっごい自信ないじゃないですか!」
「だいじょうぶ。おれにまかせて」
「その言い方とフラフラな目線が全く信用できないんですが!」
「じゃあ一緒に考えながらやろう。それならいいでしょ?」
とりあえず逃げられないよう、ゆやの腕をつかんでおく。青ざめたゆやが、恐る恐る口を開いた。
「か、考えた結果、いい方法が思いつかなかったら、諦めてくれますか?」
「諦めるって言うのは俺の中にないから」
「そ、そんなこと言ったって、どう考えても思いつかない場合もありますよね」
「最初から諦めてたら、できることもできなくなるから」
「さっきから格好いい台詞ばっか言ってますけど、結局は死合いするぞって話ですよね!?」
「だから、痛くないやり方で死合いするって言ってるじゃん」
「本当ですか?痛くないと思ってやってみたら、うっかり腕がなくなったとか、お腹に穴が開いたとかなりませんか?」
「・・・結構ひどいことされると思ってたんだね」
ちょっとショックを受けつつも、ゆやの腕は放さない。誤解されたままは、ますますよくない。
「だって、狂たちは強いからいいですけど、自分じゃ攻撃を防ぐとか避けるとかできないですし、あちこちなくなってもおかしくないです」
「それくらいわかってる。だからそんなことしないよ」
「え?じゃあ、本当に痛くしないんですか?」
「さっきからそう言ってるじゃん」
「ど、どうするんですか・・・?」
「わかんないから、とりあえずむっ」
追いかけっこしよ、と言おうとしたほたるの顔面を、大きな手が鷲掴みにしてきた。
「狂!?」
振り返って名を呼ぶゆや。そこには殺気立つ狂・・・だけではなく、仲間たちが全員集合していた。
「痛くないことって何かなー?ボクも仲間に入りたいなー」
幸村が満面の笑みで聞いてくる。ほたるは狂の手から抜け出すと、もちろん真顔で答えた。
「いいよ」
ぎょっとした面々の視線が、ほたるに集まったのは言うまでもない。仲間たちがいれば、誰かいい案を思いつくだろうと、のんきに期待するほたるだった。