結婚
アニーはもやもやとしていた。お節介だとわかっていても、気になってたまらない。
一人悩んでいたらヒルダに声をかけられたので、相談したところ鼻で笑われた。
「ごめん。そんなに気になるなら本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
頬を膨らませるアニーに謝罪して、ヒルダが彼女の後ろを指さす。
アニーが指の先に視線をやろうと振り返ったところ、クレアが首を傾げて立っていた。
「どうしたの?」
先ほどヒルダが声をかけてきた時と同じ台詞だ。気にかけてもらえたことが嬉しくて、ヒルダの時と同じように口元が緩んでしまう。
「あ、あのですね、たとえばの話なんですけど・・・」
クレアが優しい笑みでアニーの言葉を聞いている。ヒルダも途中で席を外すつもりはないらしい。
「もし、ヴェイグさんが他の人と結婚したいって言ったらどうしますか?」
クレアが翠の瞳をいっぱいに開いた。
少しの間を置いて、浮かべられたのは喜色。
「ヴェイグに好きな人ができたの!?」
「違います!」
「たとえばって言ったじゃない」
興奮気味のクレアに、すぐさまアニーとヒルダから突っ込みが入った。確かにそう前置きしていたと、クレアは思い出す。
「クレアさんはいいんですか?ヴェイグさんが他の人と結婚しても」
それは今朝の買い出しの時のこと。ヴェイグが転びかけた女性を片腕で抱き止めた。一緒にいたアニーは、助けられた女性が頬を染めているのに気付いてしまった。そして考えてしまったのだ。
いつかヴェイグをとても好きになる女性が現れるかもしれない。そして彼と結婚したいと言うかもしれない。そうなったら、ヴェイグは、クレアは、どうするのだろうか。その女性があまりにも真剣で必死だったら、人のいい二人はそれを受け入れてしまったりしないだろうか。
お節介だとわかっていながら、ヒルダに鼻で笑われたのも当たり前だとわかっていながら、それでも心配になってしまったのだ。
クレアは少しくすぐったそうに微笑んだ。先ほど、ヒルダとクレアに声をかけられた時のアニーのように。
「ヴェイグが好きになった人と結婚するなら、それはとても素敵なことだと思うわ」
「クレアさんはいいんですか!?」
ヴェイグと結婚できなくても、と言う一文は喉につかえて出てこない。あっさり肯定されてしまいそうで。
「結婚は好きな人とするのが一番だもの。ヴェイグがとても好きになった人がいるなら、その人と一緒になってほしいわ」
アニーの心配がどんどん現実味を帯びていく。笑顔のクレアと対称的に落ち込むアニーを見かねて、ヒルダが口を開いた。
「クレア。この子はあんたがヴェイグと結婚する気がないんじゃないかって心配してるのよ」
その言葉に、クレアは再び目を見開く。きょとんとした表情は、何故そんなことを心配しているのか理解できないと言った雰囲気だった。
そして花が綻ぶようにクレアが笑う。
「もちろん、彼が私を好きになってくれたらとっても嬉しいわ」
「ほ、本当ですか!?」
「あんたは無駄な心配しなくていいのよ」
二人を見てればわかるでしょ、とヒルダが続ける。クレアもニコニコとしているのを見て、アニーは安堵の息を吐く。
「ヴェイグが私と結婚したいと思ってくれるかはわからないけれど」
「それこそ無駄な心配よ」
クレアの呟きに、呆れたヒルダの声がかかり、やっとアニーは笑顔になったのだった。
女性陣が話をしていた部屋の前を通りかかったティトレイは、扉の前で動かなくなっているヴェイグを発見した。その様子はどう控えめに見てもただ事ではない。
「ヴェイグ、どうした!?」
「っ・・・!」
「何か悩み事か?遠慮しないで言えって!仲間だろ?」
「なっ・・・何でもない・・・」
「その顔で何でもない訳あるか!いいから言ってみろって」
「・・・かっ・・・!」
「あ?何だって?」
「っ言えるかあぁあっ!」
上体を捻りながら繰り出された拳は、ティトレイの左頬に決まる。吹っ飛んだティトレイは、口の端から滲む血を拭いながらゆらりと立ち上がった。
「口で言えねえから拳で語ろうってか・・・!俺の拳が話出す前に言っとくが、今回はお前が何を言いてえのか全然わかんねえぜ・・・!」
「お前にわかられて堪るか・・・!」
紅潮した顔が喜びや恥ずかしさからきたものだと言うことも、しかめられた顔が緩む頬を隠すためだと言うことも、もちろんティトレイにはわからないのだった。