剣習

そのバイラスは、ヴェイグよりも二回りは大きいかと思われた。表皮は硬く、ヴェイグの剣でさえほとんどダメージを与えることができない。
ティトレイがバイラスの注意を引き付けようと前に出た。代わりにヴェイグが後ろへ下がり、振り返って叫ぶ。
「クレアはもっと後ろへ!」
戦うことのできない彼女は、頷いてザピィを呼んだ。すぐに駆け寄ってきたザピィを抱き上げると、身を翻して一目散に駆ける。彼らの邪魔になる訳にはいかない。

戦いの音がだいぶ小さくなったところで、クレアは急に足を止めた。疲れた訳ではない。幼い頃から山奥を駆け回って育ったので、まだ走ることはできる。
足を止めたのは、彼女の視線の先に、先ほど彼らが戦っていたのと同じバイラスがいたからだ。
まだ距離があるためか、向こうはクレアたちに気付いていないようだった。ザピィが身を丸めて息を潜める。余計な音を立てないようにと言う配慮だろう。彼女もそっと後退する。
できる限り距離を取ってから、再び彼女は駆け出した。今度は仲間たちの元へ。

「どうしたの!?」
戻ってきたクレアたちに、詠唱中のマオが気付いて声をかける。ヒルダも驚きに目を見開くが、詠唱を途切れさせることはしない。
「向こうにも同じバイラスが!」
クレアの報告にヴェイグとアニーが振り返る。
「まずはこちらを片付けるぞ!」
「おうよ!」
ユージーンの声に、ティトレイが応えて弓を放った。ヴェイグたちも気を取り直して獲物と対峙する。
長い詠唱を続けていたヒルダの大技が決まったのは、それから暫くしてのことだった。

それほど間を置かずしてもう一匹のバイラスが現れたが、早めに体制を整えていたお陰で先ほどよりは苦戦しなかった。
「クレアがもう一匹のことを先に教えてくれたから助かったよ」
「一匹目を倒して油断していたら危なかったな」
マオとユージーンの言葉に、クレアは何故か申し訳なさそうな顔をする。
「もしかしたら私がもう一匹を連れてきてしまったのかも」
「あれだけ大暴れしてれば、クレアが行かなくても気付かれたって」
ティトレイの意見に他の仲間たちも頷く。その気遣いが嬉しくて、でもやはり申し訳なくて、クレアは複雑な表示で礼を言い、思い付いたことを述べてみる。
「私、剣を習おうかしら」
「それならトンファーの方がオススメだよ!」
「カードの投げ方なら教えてあげられるけど」
「わ、私は杖の振り方なら・・・」
「男は黙って拳だろ!」
「クレアさんは女性だろう。揃って危険なことを勧めるな」
ユージーンの最もな指摘に、騒ぎ始めた面々は大人しくなる。そして自然とまだ発言のないヴェイグの方へ視線が集まった。
「・・・クレアが、剣を使えるようになりたいなら、教えることはできる」
肯定的な意見に、驚く一同。クレアは自分の気持ちを汲んでくれたことが嬉しくて、頬を緩めた。いつだったか、自分が剣を触りたいと言った時には随分嫌がっていたのに。
ヴェイグが更に口を開く。
「ただし、戦う時は俺の側を離れるな」
「どうして?」
「クレアは俺が守る」
「それじゃあ、剣を教えてもらう意味がないわ」
「クレアをこれ以上危険な目に遭わせたくない」
それだけは頑として譲らない姿勢のヴェイグ。困ったようにクレアが笑う。
まだ剣を習うのはやめておいた方がよさそうだ。経験不足な自分が前に出ることで、ますます彼に重荷を背負わせてしまう。
「ありがとう、ヴェイグ。それじゃあ、いつか私が剣を習いたくなったら教えてね」
「・・・ああ」
少し抵抗のある返事に、クレアは再び困ったような顔で微笑んだ。