思遣
クレアとアニーが楽しげに話しながら街を歩く。今回の買い出し当番は彼女たちだった。他の仲間たちは宿で各々好きに過ごしている。
「きゃ・・・!」
刹那、小さく声を上げると同時にクレアが地面に手をついて倒れた。
「大丈夫ですか!?」
丁度店の中へ視線をやっていたアニーは、慌てて彼女の元へ膝をつく。
「痛てぇじゃねぇか!怪我しただろ!」
彼女たちの上から、乱暴な声が降りかかった。この男とぶつかって、クレアは倒れたようだ。
男の傲慢な態度に、アニーは怒りを覚える。
「ちょっ・・・!」
「すみません、私の注意が足りませんでした」
しかし、彼女が反論する前にクレアが立ち上がって謝る。男は少し気を削がれたように身を引いた。
「怪我をさせてしまってごめんなさい。彼女はとても腕のいいお医者様なので、診てもらって下さい。アニー、申し訳ないのだけれどお願いしていいかしら」
「は、はい・・・」
クレアの勢いに押されてつい頷いてしまったが、この男はどう診ても怪我をしているとは思えない。むしろ先ほど転んだクレアの手の方が心配だった。
男の方もアニーに診られるのが嫌なのだろう、思い切り後ずさっている。
「さあ、彼女に診てもらえばもう安心です」
「う、うるせえ!とっとと消えろ!」
クレアが男を促すと、男は捨て台詞を吐いて駆けていった。
ぽかんとした顔で男を見送る二人。
「消えろと言いながら自分が消えてますね」
「お医者様が苦手だったのかしら?」
首を傾げるクレアに、アニーは苦笑いを返した。
「そんなことになってたのか!二人とも無事でよかったぜ」
「クレアは大丈夫なのか・・・!?」
「は、はい、手のひらを少し擦りむいていましたから、消毒をしておきました。捻ったり、骨に異常はありませんから安心して下さい」
買い出しから帰ってすぐ、アニーは仲間たちに先ほど起きたことを話した。ヴェイグに詰め寄られて、慌てて補足する。
クレアは席を外しており、この場にはいなかった。
「そうか・・・ありがとう。アニーが一緒にいてくれて助かった」
アニーの言葉に安堵したヴェイグは、大きく息を吐いて礼を言った。
「いえ、私は何もできませんでしたから」
「でも、もしヴェイグが一緒だったら、もっと大変なことになってたかもね!」
「ヴェイグなら、その男を殴るくらいのことはしたんじゃないかしら」
マオとヒルダが言うと、仲間たちは一斉に頷く。
「ここはあまり治安のいい街ではないようだな。皆、一人で出歩かないように」
ユージーンの言葉に、一同は再度頷くのだった。
そして、はたと気付く。
「クレアはどこだ・・・!?」
血相を変えるヴェイグに、仲間たちは困った表情を返した。
「アニーと二人で帰ってきたとこは見たぜ」
「その後皆で今の話を始めた時には、もういなかったよね・・・?」
「部屋へ行ったんじゃない?荷物の整理でもしているんでしょ」
ヒルダの言葉が終らぬうちに、ヴェイグが駆け出す。
戦闘時の様な勢いで階段を昇っていった彼は、同じ様な勢いで降りてきた。
「いない・・・!」
「手分けして探そうぜ!」
「うん!じゃあ僕は・・・」
「待てマオ、二人以上で行動するんだ」
「あ、そっか」
今にも駆け出しそうなヴェイグを押さえながら、探す場所と担当の割り振りを行うユージーン。
「よし、行くぞ!」
と、ティトレイが勢いよく叫んだところで宿の入り口が開かれた。
「アニー!さっきの方を連れてきたの。怪我を診てもらえる?」
クレアが宿の入り口をくぐりながら、男をアニーの元へ連れていく。顔を見たアニー以外でも、その男が先ほどクレアを突き飛ばした人物だとすぐに理解した。
そして、ちょっとだけ同情する。クレアは親切心でその男を連れてきたのだろう。だが男にはどう控え目に見ても辛い結末しか残されていない。
「・・・・・」
「ヴェイグ?」
「なっ、何だてめっ・・・!!」
べりっと音が立ちそうな勢いでクレアから男を引き剥がすヴェイグ。
男の肩を掴むその手は、ピシピシと高い音を立てている。
「怪我は、まず冷やすことが大事だ・・・」
地の底から響くような低い声で呟いたヴェイグは、男を引きずって宿から出ていった。
確実に温度が下がった室内で、残された仲間たちは小さく身を震わせる。
「正解は氷付けだったのね」
ヒルダの言葉に、話がわからないクレアは首を傾げるのだった。