髪梳
今日はもう宿で休むだけなので、各々好きなように過ごしていた。
クレアは椅子に腰かけたヴェイグの背後へ立ち、彼の三つ編みをするすると解いていく。
ヴェイグの長髪はさらりとした手触りで、絡むと言うことが滅多になかった。そのため彼が自分で髪をすく際は、手櫛で済ませてしまうことも多い。身嗜みにこだわりの多いユージーンからは、何度か櫛を使うよう指摘を受けたことがある。
今日は宿から借りた櫛があるので、クレアは三つ編みをほどき終えるとそれを手に取った。
彼の髪にはほぼ無用な心配だが、念のため引っ張らないよう気をつけながらすいていく。
「適当でいい」
前を向いたまま、ヴェイグが小さく言う。それは彼女に手間をかけさせまいとする、彼なりの気遣いか。それともあまり長く拘束されたくない事情があるのだろうか。
どちらか判断できない彼女は、本人に直接尋ねることにした。
「急いだ方がいい?」
「いや。俺は構わないが、クレアが疲れるだろう」
彼の優しさに、クレアは頬を緩める。
「私が好きでやっているんだから気にしないで。ヴェイグも疲れたら言ってね」
「座っているだけだから、平気だ」
「そう?動かずにじっとしていたら、疲れたり飽きたりするでしょう?」
「別に・・・」
「ヴェイグは我慢強いのね」
「・・・・・時と場合による」
今日は思う存分、彼の髪に触れてよいと言う許しを得て、クレアはますます嬉しくなった。
毛先から少しずつ櫛を入れ、全体をとかす。元から指通りのいい髪は、持ち上げると軽くさらさらと揺れた。
仕上がりに満足したクレアは、薄空色の髪をいつものように編んでいく。くせのない彼の髪は、編むのにコツが必要だった。無理に力を入れると、髪に跡がついてしまう。逆に緩くし過ぎるとほどけてしまう。絶妙な力加減で、クレアは三つ編みを作っていった。
「はい、できた」
「ありがとう」
「ううん。私の方こそ、ありがとう」
「?」
クレアの礼の意味がわからないヴェイグは、小さく首を傾げた。長めの前髪が僅かに揺れる。
「私、ヴェイグの髪に触るのが好きだから。だから、髪に触らせてくれてありがとう」
そろそろ切った方がいいかもしれない。そう考えながら彼の前髪に触れ、持ち上げる。すると何故か視線を逸らされた。
「・・・別に、礼を言ってもらうようなことはしていない。触りたくなったら、好きなだけ触ればいい」
俯いてぼそぼそと紡がれた言葉に、クレアは目を見開く。
「本当にいいの?」
「ああ」
「ありがとう、ヴェイグ。嬉しい」
「だから、礼は言わなくていい」
「うん。でも、言いたいの。ありがとう」
困った顔をしているヴェイグに、クレアは喜びに溢れた笑顔を返すのだった。